あれから1年。

父が亡くなって1年経った。

え?もう1年?

と、自分で信じられないくらい早い1年だった。

 

でもこの1年は、ことあるごとに

「去年の今頃は・・・・だった」と、いちいち通い介護を思い出す1年でもあった。

GWのころは

「ああひどい蕁麻疹が出て、朝晩薬を塗るために通ったんだった」

6月には

「兄弟が旅行に連れて行ったっけ」

6月半ばには

「このころから医療用麻薬を使い始めたんだっけ」

7月には

「肺炎を起こして看護師さん呼んで・・・結局自分で背負って車に乗せて救急外来へ

行ったんだっけ」

そして9月には

「緩和病棟に入ったの日だ・・・」

とか。

 

 

父を見送るまでの2~3年は、

わたしにとって平穏だった日はほとんどなかったと思う。

いつもいつも父のことで頭の半分くらいが支配されていて、

特に最後の1年は父のことが大半だった。

 

父の住んでいた家はもう空き家となり、

「売家」の看板が立っている。

買い手がつくのを待っている状態だけれど、やはりなかなかうまくはいかない。

・・・ということで、「家」がないために

一周忌はお寺で執り行われた。

 

お寺の住職さんは、葬儀の際にうちの宗派だけを伝えて

葬儀会社から適当に紹介してもらったところ(大変失礼だけど実際そうだった)

の方だけれど

この住職さんが大変腰が低く、気さくないい方で・・・

葬儀のときも四十九日、そして一周忌のときも

とても和やかな雰囲気でお経をあげてもらうことができたのは

本当に良かったと思う。

 

 

・・・と、そんな折

たまたま偶然に・・・

ツイッターのフォロワーさんが

「親が医者から聞く説明を自分の都合のいいように解釈してしまうので

診察に付き添わなくてはいけなくなってきた」

というようなことをつぶやいているのを見た。

「ああ、それめちゃくちゃわかる・・・!」と

「いいね」でそっと応援したわたし。

 

どの人も必ず通る、避けては通れない親の老いと介護。

どのくらいの負担が自分に降りかかってくるか・・・は

人それぞれだから全く読めないけれど

早いか遅いか・・・の違いだけで親の問題はほぼ誰にでもやってくる。順番に。

 

結果論ではあるけれど、

父と母が一緒に歳を取っていたら、

自分はかなり大変な思いをしていたんじゃないかと思う。

実質的に面倒を見るのは私一人だったし・・・。

もちろん、母には長生きしてほしかったけれど

そういう感情とは切り離したところで、

老いていく母を見るのはやっぱりつらかったと思う。

父を見送った後、喪失感と老いとを抱える母を支えるのは

かなり精神的にきついものがあったんじゃないかなあ・・・など

つい思ってしまうのだ。

母を見送ってから約20年後に父を見送ることになったのは・・・

自分の心の傷を癒す時間も確保できたという意味で

精神的負担は軽減されていた気がする。

(母には長生きしてほしかった、でも両親の看取りが20年も開いていたのは
精神的にはマシだった・・・という矛盾した感情)

 

父の看取りから1年経った今、

今度は息子の結婚という、

わたしの人生における新たな展開が始まろうとしている。

 

介護問題の真っただ中にいるときには

朝起きた瞬間から父のことを考えなければ・・・というか

頭を離れない毎日で、

自分以外の世界だけが生き生きと動いて前に進んでいるように見えたけれど

 時間が経てばちゃんと景色は変わるんだとこの1年で実感した。

 

 

おそらく、今この時にも親の介護や・・・介護まで行かなくても自分が

世話を焼かなければならない時期にきて不安だったり

気持ちがそのことだけに支配されてどんよりしてしまっている人もいるかと思う。

 

今は周囲から何を言われても、気休めにしか聞こえないかもだけど

終わりは必ずくる。

つらかったら、どんどん専門家を頼って欲しいと思う。

しがらみのない相手だから逆に本音を言えるからね・・・

 

自分を大事に、

自分を休ませて自分を優先することも大事に

どうか乗り越えて欲しいなと思う。

 

必ず、今止まっているように見える自分の時間もまた動き出すから。

 

 わたしも1年経って、ちゃんと前に進んでいる。