例えばこんな感じ。

昨日の話。

※ただの日記で、何のオチもありません。

 

夕方4時に病室へ行く。

このごろは1日のほとんどの時間を眠っていて、

わたしが病室に来ているときでも大半傾眠状態にあるが、この日は珍しく起きていた。

 

起きている・・・といっても、今の父の場合は

ベッドに横たわったまま天井をぼんやり見つめていることを

「起きている」というのであって、

どちらかというと「目を開いている」と言ったほうが正しいかもしれない。

何しろ今は、自分でナースコールを押すことも、

自分でリクライニングベッドを操作することもできないので。

(フィジカルな理由ではなく、そういう意識が働かない脳の機能の問題)

 

この日はちょっといつもと違った。寒がりの父が布団と毛布をすべて剥いでしまって

ベッドの上で病衣1枚の姿でいる。

 

私「どうしたの?布団とっちゃって。」

 

と驚いて聞くと

 

父「ふ ろ に ひゃーる 」(※風呂に入る)

 

とか細い声で答える。入れ歯を外しているので活舌が悪くてよけいに聞き取りづらい。

 

父「かんごス が ちっとも こん 」(看護師がちっとも来ない)

 

時間は午後4時を回ったところ。

そろそろ日勤と夜勤の看護師さんが引継ぎをする時間なので、

こんな時間からお風呂に入るなんてことは絶対にありえない。

100%父の妄想だと思ったが、

 

父「かんごスに きいて こい」

 

としつこく言うので、廊下へ出る。

 

通りかかった看護師さん①と目が合ったので

 

私「すみません、今日ってお風呂の予定とかありましたか?」

 

と尋ねると

 

看①「は?さあ・・・?そういわれても、わたし担当じゃないんで・・・」

 

と顔をひきつらせて、明らかに迷惑そうな顔をされた。

この看護師さん①は、話すたびに印象が変わる。

一番最初にしゃべったとき「なんて優しくて素敵な人だろう」と思った。

が、2回目に話した時は父の問題行動で、

こちらが責められているかのように感じるキツイ言い方をされて怖かった。

3回目、夜勤の担当のときにはまた嘘のように優しかったので

「ああ、この間キツイ人だと思ったのは思い過ごしだな」と思いなおしたのだが

4回目がこの日。また冷たいという・・・。

忙しい時に声をかけたわたしがいけなかったのだろう。

でも、話すたびに態度違うのでは、患者家族は萎縮してしまうよ。

もうこの人には二度と話しかけまいと思った。

 

その後、この日の父の担当になっている看護師さん②に確認してもらったところ

やはりお風呂の予定はないという。

 

実は父はもう2週間、お風呂に入っていない(もちろん身体は拭いてもらっている)。

看護師さんたちは頃合いをみてはマメにお風呂に誘ってくれているようなのだが

父が倦怠感から動きたくないのか、面倒なのか、恥ずかしいのか、

毎回、拒否してしまっているのでなかなかお風呂が実現していなかった。

 

「いつもお風呂拒否される〇〇さんがせっかく入りたいと言ってくれてるので

入れてあげたいんですけど、もうこの時間では・・・・(汗)

気が変わらないように、明日入りましょう、とわたしから説明しますね!」

 

・・・と、看護師さん②は、

さっきの冷たい看護師さん①とは対照的な元気なリアクションで病室まで行って

父に、今日はもう時間が遅いのでお風呂は無理であることを丁寧に説明し、

明日は必ず入れるように予約入れておきますね!と、

やさしく言い聞かせてくれた。

父は、自分がお風呂だと勘違いしていことがわかり、プライドが傷ついたのか

 

父「ああもう、うるさい!」

 

と、突然スイッチが入り、看護師さん②を病室から追いやってしまった。

 

看②「怒らせてしまってすみません」

私「いいんですよ。大丈夫です。ありがとうございます。」

 

その後1時間ほどすると、父がまた言葉を発した。

 

 

父「おまえが あらって くれるのか?」

 

私「は?」

 

父「いまから おふろ はいるんだろ?」

 

ほんの1時間前に「お風呂は明日ですよ」のやり取りをしたことを

もう忘れているのだとわかった。

今はもう。記憶力はたま~~に少し復活する程度で、だいたいこんな感じ。

 

私「だからね今日はもうお風呂は入れないの。
明日ね。明日予約してもらったからね。」

 

父「おふろじゃないの?」

 

私「お風呂じゃないの。明日ね。」

 

父「はい わかりました」

 

しばらくすると、また父がもぞもぞ動き出した。

今日はどうやら神経が高ぶっている様子で動きが激しい。

突然、酸素のチューブをもぎ取った。

緩和ケア病棟へ来てからの父は、深いせん妄状態にあるので、

同じ酸素のチューブを外す・・・という行為にしても、頭が正常なときのように

「なくても息苦しくないから必要ない」という「理由」で外すことはなく、

何か本能的に「これがうっとうしいからいやだ」という意識から外そうとする。

分かりやすく例えると、小さな子供に酸素チューブを付けているのと同じ感じ。

つまり、「それがなぜ必要なのか?」を説明しても

到底理解しない相手につけているようなもの。

 

なので、基本的に外すときは神経が高ぶって過活動状態になっているので

すぐにはつけさせない。

無理強いすると、攻撃モードのスイッチを入れてしまうことになるので

あえてつけさせず、

父が「外してしまったことを忘れる」まで待つのが正解。

・・・・という、

おそらく認知症の親への対処に近いかもしれない?コツをこの1か月で覚えた。

 

しかし、酸素チューブに続いて

今度は来ている病衣を脱ぎ始めるではないか。(もちろんベッドに寝転がったまま)

 

実は、以前にも病衣を脱いでしまったことがあった。

そのとき、別の看護師さんから

着ているものを脱ごうとする行動は「衰弱が進むとよく見られる行動」だと言われた。

 

強い全身倦怠感のせいで、

自分の身体に張り付いているものがとにかくうっとおしく感じるため

無意識に脱ごう脱ごうとしまうのだという。

 

父の病衣と肌着が、どちらも前がはだけていることがときどきあるのだけど、

その理由が「これか!」と現場を目撃してよくわかった。

たぶん、脱ごうとするのだけど、寝ころんだまま脱ぐのはかなり難易度が高いので

スナップボタンは外せてもそこで力尽きて、

そのうち脱ごうとしていたことを忘れて寝てしまう・・・・

そんなことだったのだろう。

 

けれど超寒がりの父。

このまま好きなようにさせて脱いでしまったとしても、

今度はすぐにまた「寒い寒い」と言い出すのは明らかだったので

 

 

ここはさすがにやんわりと口を挟んで脱ぐのをやめさせる。

 

私「どうしたの?どうして脱ぐの?」

 

父「え?・・・だって・・・これ、くさい」

 

私「臭くないよ?」

 

父「いや、くさいよ、だからぬぐ。ふろ、はいる。」

 

私「大丈夫。臭くないよ。明日お風呂に入るから
その時に全部新しいものに着替えさせてもらえばいいんだよ。」

 

この日はどういうわけか、本当にお風呂への執着がすごかった。

ただ、今の父の口から出る言葉には、ほとんど根拠や意味はない。

数時間もすれば自分のやっていたこと、話したことを忘れるのだから。

だからとりあえずその場を、ごまかせさえすれば

ひと眠りしたあとにはすべて忘れてしまう。

 

やっと落ち着いたかと思ったら、

どうやら骨転移の痛みが襲ってきたらしい。

 

でも、父は痛くても絶対にすぐには薬を飲むとは言わない。

 

激痛の波が3回くらいきたところでようやく観念して「薬を飲む」と言う。

3回目でやっと看護師さんを呼ぶ感じ。

 

この痛み止めの服用も、

入院後、何度か

「看護師さんが痛み止めを持ってきてくれたとたんに気が変わって拒否」

ということがあるので

 

薬を持ってきてもらうには、何度も何度もしつこく父に確認をする。

「看護師さん呼ぶからね?薬飲むんだよね?呼んでいいよね?」

と。

 

たかが痛み止め・・・だけど、スムーズに進んだ試しがないので

毎日、毎回痛み止め欲しがっても、それを服用し終わるまで落ち着かない。

 

(万が一、封を切ってしまった麻薬鎮痛剤を使用しないまま破棄することになった場合も保健所へ報告が必要なのだそう。医療用麻薬は病棟のナースステーションでは金庫で保管しているし、患者が思っている以上に病院では取扱いに厳重注意が求められている薬剤なのだと、緩和ケアへ来て初めて知った。だから「やっぱり飲みませんでした~」では済まないという家族としての責任を感じてしまう。それが父に対しての、しつこい「本当に飲むんだね?」の確認につながってしまっている。)

 

 

ここまでの出来事が1時間半の間におきたこと。

 

 

そしてようやく夕飯が運ばれてきた。

 

私「ごはんきましたよ」

 

父「ええ・・・? ごはん・・・? ついさっきたべたばっかりだよ」

 

・・・と、これも毎回同じ会話をする。

 

 

父とわたし

 

だいたい、毎日こんなやり取りを繰り返して過ごしてる。