そして今日から。

入院から7日目。

3連休がずいぶんと長く長く感じて、とても不安だった週末。

ようやく今日の午前に緩和ケア病棟へ移ることになりました。

  

 

不安の理由は、せん妄状態が今までのものとは違っていたこと。

過去のものと違い、

今の父は、すべての気力や意欲なくしているような状態であることが

不安でたまりませんでした。

 

せん妄には3種類あって、

妄想で暴れたり騒いだりする「過活動型」と、

うつ病のようにボーっと動かなくなる「低活動型」、

そしてその両方の特徴のある「混合型」

・・・とあるそうなのですが

 

今の父はまさしく「低活動型」。

 こちらが促さないとお茶すらも飲まない状態、

前日に置いていったペットボトルのお茶が、3センチくらいしか減っていません。

(普段ならほぼ1本飲み切るのに)

今の父には「お茶を飲みたいな」という発想自体がないように思えました。

 

終末期には食事も水分も摂らなくなるのが普通・・・とはわかっていますが

入院になるまでは、ペットボトルのお茶を1日1本飲んでいたことを考えると

今のこの生気のない姿は、全部自分が作り出してしまったと・・・と、

つい考えてしまって。

 

かといって、忙しく動き回る看護師さんに

「ときどき水分摂取促してください」など頼めるわけがなく

せめて自分がその場にいる間は・・・と、

父にしつこく「お茶のもうか?」と促していました。(促せば飲むのです)

 

また、話しかけないとすぐに眠ってしまう・・・など、常に傾眠状態です。

わたしが何か話しかければ返事をするし、話したりもするのですが

それも現在の状況は理解できていないので話はちぐはぐ。

話しかけるのをやめると、また眠りの世界に入ってしまう。

 

そんな状態の数日間だったため 

このままでは身体が急激にどんどん衰弱してしまうのでは?という不安が

連休中ずっとありました。

テレビすら一切見ないまま

(お茶と同様に、テレビを見ようという発想もたぶんない)

おそらく、ずーっと薄暗いカーテンの中で24時間ウトウトしているだけの父。

 

かといって、大部屋の一角の狭く息苦しいスペース。

同室の方たちへの迷惑を考えると、ずっと付き添っているとか

ボリュームを抑えた声で話しかけ続けるというのも、

なかなかできる環境ではなく・・・・・・。

たとえば、父の大好きな相撲中継を一緒に見るなど「刺激」を与えたくても

大部屋ではイヤホン視聴じゃないとダメなので難しかったり・・・。

本当にジレンマの連続でした。

 

また看護師さん達は土日祝日は少ない人数で患者さんのお世話に当たっているせいか

父のことは治療が必要な急性期の患者さんよりも後回しにされている感じでした。

わたしが面会に行くと、

酸素が外れて放ったらかしにされたまま眠っていることが二度もありました。

 

だからといって、わたしは苦情や文句を言えるタイプの人間ではないし、

それを報告してしまうと「外さないように」と

父の手に「ミトン」を付けられてしまう可能性があると思い

それはしたくなかったので、あえて言わずにおいたわけですが・・・。

やはり、なんとなく寂しい気持ちでした。

 

一般病棟のベッドを借りて、

とりあえず寝かせてもらっているだけ・・・というここ数日の状態は

わたしにとっても、なんだか場違い感のような居心地の悪さがありました。

酸素のこと以外にも、ひとりの看護師さん(一人だけキツい人がいる)の心無い言葉で

傷つく場面もあったりなどして・・・

今はもう、この一般病棟は父がいるべき場所ではなくなったのだと

この数日間でヒシヒシ感じていました。

だから、早く

温かく迎えてもらえるであろう、緩和ケア病棟へ移してあげたいなと。

 

 

せん妄は本来、数日で環境に慣れれば回復してくるはずのものですが

一般病棟の大部屋から、明るく広い緩和ケア病棟へ・・・と、

再びその環境をガラリと変えてしまうこともあり、

このままずっとせん妄状態が続いてしまうのでは?と、

そこの不安もあります。

  

 

やっぱり入院させたのは間違いだったのでは?とも

どうしても考えてしまいます。

 

けれど、あのまま家に連れ帰っていたとしたら・・・

父がせん妄になることはなかった代わりに

わたし自身は心と体の疲労感から、日に日に精神的なゆとりをなくして、

父に笑顔で接することも難しくなり、

優しくいたわってあげることができなくなったに違いないです。

 

たったひとりで、真夜中突然に自宅で孤独に命を落とす可能性もあったことを思えば

たとえ同じようにその瞬間が突然訪れることがあったとしても、

24時間見守ってくれる人がいて、すぐに知らせてくれる人のいる病院のほうが

ずっと、あとの後悔は少ないだろうと考えています。

考えようとしています。

 

今は、病院でお世話してもらえる安心感により、

家族が優しい気持ちを取り戻して、父に接することができる・・・

だから、これでいいのだ・・・これが正解だったのだと、

自分に言い聞かせています。

 

ちなみに、こちらの緩和ケア病棟では、どの患者家族にも

「入った初日の夜だけは必ず付き添いをお願いしている」と言われました。

夜から翌朝まで、ひとりにしないでほしいと。

入ったばかりの患者さんは新しい環境に緊張したり、

不安が大きくなって、せん妄がひどくなることも多いので

その本人の不安を和らげてあげるために、

初日の夜だけは必ず家族が付き添うことをお願いしているのだそう。

 

その泊まり込みは兄にお願いしました。

今日の夕方、東京から駆け付けてくれます。

わたしは・・・というと、今日の午前中病室を移動してから、

兄が到着する夕方まで、1日ずっと病室で父の傍にいる予定です。

そして夜間は兄にバトンタッチ。

 

いろいろ自分で抱え込みすぎて反発する気持ちもあったけれど、

今この状況になると

兄が早期退職して、しかも独身で・・・

いつでも身軽に動ける状態でいてくれることは、本当にありがたいことでした。

今回の「泊まり込み」も二つ返事で引き受けてくれましたし。

とても感謝しています。

 

今日はもちろん1日病室の予定ですが・・・

病室移動による、せん妄の悪化がとても心配なので、

明日以降も、落ち着くまではわたしも出来る限り病室で一緒に過ごす時間をつくり

話をしたり、一緒に父の大好きな相撲中継や海外の番組を見るなどして

混乱状態を少しでも緩和してやれたらと思っています。

 

ブログは、父が眠っている時間を利用して病室で・・・

書けるかな?

書けたら書きます。