病棟見学。

※話が前後しますが、緩和ケア医師との面談後の病棟見学の話です。

 

面談のあと、緩和ケア病棟の看護師長さんが病棟を案内してくれることになっていた。

こういう病棟見学もどこの病院の緩和ケア病棟でも行われているものらしい。

 

よく考えてみたら

わたしは約20年前、母が悪性リンパ腫で余命宣告を受けた時にも

ホスピスで面談と見学をしていたのだった。

面談といっても「ちょっと説明を聞きたいです」という程度のものだったが。

まだ「ホスピス」と呼ばれていた時代。

当時自分が住んでいた県にあったホスピスに、真剣に母を呼びたいと考えていて

(そこなら息子の子育てをしながらでも毎日会いに行ける、という短絡的な発想で)

ホスピスへと見学に行かせてもらった。

そこの看護師長さんに、応接室で母の病状を話しているとき

こらえ切れずにボロボロ泣いてしまったのを思い出す。

 

あのころと比べると、わたしも強くなったものだなあと思う。

自分にかかっているプレッシャーが重くて泣きたくなることはあっても

誰かに父のことを話していて泣けてくるなんてことはないんだもの。

 

結局は、あのとき母をホスピスに入れることはできなかった。

余命を知らなった母を遠方のホスピスへの説得する言葉が見つからなかったし、

当時、母のことを決める権限はすべて父にあり、わたしに発言権はなかった。

 

 

 

・・・と話は戻って 

面談には父は同席させなかったけれど、見学は一緒に行くことになっていたため、

看護師長さんと一緒に父を呼吸器病棟まで迎えに行った。

 

とにかく看護師長さんは明るくほがらかで、本当に話しやすい方で

迎えに行くわずかな時間もいろいろ話をさせてもらった。

 

しかし、わたしには心から看護師長さんとの会話に和むほどの気持ちの余裕はなく

内心は父に会うことをためらう気持ちでいっぱいだった。

何しろ、入院当日に怒りから無視されて・・・

その翌日に会いに行っても無視されて・・・と、

入院以来、話ができていないままの・・・・「一緒に見学」という流れだったから。

 

今もまだ怒っているだろうか?

やっぱり無視されるかな。

それとも見学を拒否されたらどうしよう?

・・・と、それは心穏やかでいられるはずがない。

 

ところが、結果的にこれらの心配はすべて必要のないものとなった。

 

 

父はまた、せん妄状態に陥っていたのだ・・・。

 

 

そう。退院してからの数日もかなりひどいせん妄に陥ってしまっていたけれど

今回の入院で自宅→病院へ・・・と、再び環境が変わってしまったことで

自分の状況がさっぱりわからなくなってしまっていたのだ。

 

イヤな予感はあった。

明るい個室ならまだよかったかもしれないけれど、父が入れられたのは大部屋。

しかも廊下側の個室には窓がないため薄暗い。

そしてカーテンに囲われた狭さからくる閉塞感。

ずっとそんな狭くて薄暗い・・・景色の変わらない空間にいたら、

何度もせん妄を起こしている父はまたせん妄を起こすのでは・・・?と。

 

あとから病棟の看護師さんに聞いた話によると、

入院初日と2日目は、看護師さんに対して声を荒げる場面もあったという。

(まだ頭がしっかりしていて、入院にイラ立っていたせいだと思う)

けれど、3日目のこの日はもう朝から反抗的な態度を取ることはなく・・・

電池の切れたような状態になってぼんやりとおとなしくなったそうだ。

自分が仕事中であると勘違いをして、仕事の話もしたらしい。

自分がまだ現役の会社員であるかのような錯覚は、自宅療養中にもあった。

 

 

父は車椅子に座った状態で、談話室で迎えが来るのを待っていた。

わたしの顔を見ても、まったく無表情で、

怒るわけでも、笑顔を見せるでもなく・・・

ぼんやりとして、表情を変えなかった。

 

父のその急激な変化に・・・・またもや罪悪感が襲ってくる。

家にいたら・・・あの診察の日に普通に家に連れ帰っていたら

こんなせん妄状態にはならかった。

わたしのせいだ。

 

でも、そんなことを言っても、

自分につきっきりの在宅介護をする覚悟ない以上、

今更引き返せない。

いつまでもウダウダ引きずってるんじゃない!と、自分に喝を入れる。

 

皮肉なことに、

そうやって父があまり目の前の状況を理解していない状況だったことから

緩和ケア病棟の見学はとてもスムーズに進められた。

 

話には聞いていたし、事前にパンフレットも見ていたが

緩和ケア病棟内は本当に、同じ病院とは思えないくらいの別世界だった。

一般病棟のように、

ナースステーションでけたたましく電子音が鳴っていることもない。

看護師さんが行ったり来たりと忙しく動いている姿もない。

入院患者が点滴棒ひきずってウロウロ歩いている姿がないどころか

病棟のスペースは一般病棟と全く同じ広さであるにもかかわらず

一周ぐるりと見学して出会ったスタッフはほんの2~3人だった。

 

とにかく、驚くほど静か。

全くといっていいほど音がしない。

それもそのはず、廊下はすべて絨毯が敷き詰められているため

足音すらしないのである。

広々とした絨毯敷の廊下を歩いていると、高級ホテルの廊下を歩いていると錯覚する。

 

緩和ケア病棟は大きな扉で仕切られている・・・と、以前書いたけれど

わたしはそれを「プライバシーを守るため」と思っていた。

もちろん、それもあるだろうけれど、

あの扉は病棟外部の音をシャットアウトする役目もあったのだと気が付いた。

この静かな環境を作り出している扉だった。

 

緩和ケア病棟は、全室個室である。

そして、一般病棟の「普通個室」に当たる広さの個室は

すべて差額ベッド代がかからない。

地域差はあるかもしれないけれど、多くの病院では無料じゃないかと思う。

「普通個室でも十分な広さがありますよ」

と、看護師長さんが見せてくれた。

付き添い用の簡易ベッドとしても使えるソファが一つ置いてある分、

正確には一般病棟の個室よりさらに一回りゆったりしている部屋だった。

 

本当は写真をお見せしたいくらいの素晴らしさなのだけど、

さすがにそれはいろいろ危険なので自粛・・・。

 

一番お高い、特別室も見せてもらったけれど、

大画面のテレビに、4人が座れるおしゃれな応接セットやミニキッチンがあり、

そのうえ患者専用のお風呂まで完備されていて、

まさにスイートルームのようだった。

こんなところを使うのはよほどのセレブかと思いきや、

意外とそうではなく、出入りする家族・親戚の多い患者さんが

大勢で寝具持参で雑魚寝で泊まり込むために・・・ということもあったり

「もう余命わずかだから最期くらいは豪華な部屋で」と

選ぶ家族も意外と多いらしい。

とにかく、緩和ケア病棟にはほとんど制約がないので、

「お部屋は好きなように使ってください」とのことだった。

 

わたしは・・・というと、迷った挙句選んだのは

あいだを取って1日5000円の有料個室。

無料の普通個室でも、もちろん十分だったかもしれないが、

その普通個室の倍の広さはある、有料個室に決めた。

 

普通個室が無料なのに、わざわざ倍の広さの有料個室にした理由は

狭い個室だと自分が息が詰まりそうになる気がしたから。

 

今まで一般病棟に入院していたときは、面会といってもせいぜい1時間くらい

病室で父と話して帰ってくるだけだった。

経験ある人も多いと思うけれど、

個室・・・とはいっても、

普通はベッド脇の椅子にずっと座っている以外に、身の置き所がないので

面会というのもなかなか疲れるんですよね(汗)

 

緩和ケア医師や看護師長さんからの話で

「本人が不安にならないよう、できるだけ長い時間一緒に過ごしてあげてください」

と言われたこともあって、

今後は時間が許す限り長い時間過ごしてあげないといけないんだなと思ったわたしは、

広い個室の方がいいと思った。

 

 また、兄弟が来るときには「できるだけ泊ってあげて」とも既に頼んであるし。

  

そうやって長時間病室に滞在することや泊りこむケースを考えた場合、

やはり広いの個室のほうが、ストレスが少ない気がしたのだ。

父が起きている間は、ベッド脇で話し相手になり、

眠っているときには、ベッドから離れて、

ソファのほうで静かにテレビを見て過ごすとか、読書や勉強をする・・・など、

付き添うわたしたち家族が疲れない空間のゆとりがあるほうがいいと考えた。

 

もちろん、自分のことだけでなく・・・

それは父のためにも。

まだ実際緩和ケア病棟に入った後に、父がどのくらい動けるのか?わからないけれど

狭い個室でずっとベッドの上で過ごさざるをえない環境よりは

もし動けるようであれば、体調のいいときには家にいるときのように

たまにはベッドから降りてソファに座ってテレビを見る・・・なんてことも

できたほうがいいんじゃないかな?と思った。

まだ一時退院して、自宅へ戻る可能性もあるわけだし。。。。

  

広い有料個室には

大きなテレビと2ドアの冷蔵庫が完備されていてどちらも無料で使い放題。

家具まで完備されている。

付き添い用の寝具なども持ち込んでおこうと思っている。

 

病棟にはもちろん、談話室もある。

もちろんそこには緩和ケア病棟の患者と家族しかいないので

いつも静かで落ち着いている。

 

ほかにもIHキッチン搭載の広くて使いやすそうな家族用キッチンもあり、

好きなように料理をしてもらってもOKと言われた(調味料と材料は自分で用意)

家族用の宿泊ルーム、家族専用お風呂まであった。

施設が新しいので、どれもとても明るく清潔でキレイなものばかり。

本当に、緩和ケア病棟はどこを切り取ってみても行き届いており

明るく落ち着いた設備と空間ばかりで作られていた。

 

さて、病棟をくまなく見せてもらっている間、

父の様子はどうだったか・・・というと、

ずっとぼんやりしていた。

 

私「この部屋すごく広くていいねえ」

父「すごいねえ」

私「この部屋に決めようと思うけどどうかなあ?」

父「え?」

私「来週になったらね、こっちの部屋に移動してくるんだよ。」

父「へえ~」

私「大きなテレビもあるから、ソファに座って見れるよ。」

父「へえ~」

私「ここに決めてもいい?」

父「どこでもいいよ。おまえがきめたところで。」

 

 

わかっているような・・・ううん、わかってないな。

父のせん妄状態がとても気になる。

緩和ケア病棟に移動してきたらもっと混乱するのでは?と心配なので

移動後しばらくは、できるだけ時間を割いて一緒にいてやろうと思う。

 

緩和ケア病棟は24時間いつでも出入り自由で面会OKなので

これまでとは違って、もっと時間をフレキシブルに使える。

そして、服薬や食事、そして急変に対する対応など・・・・

生きるための要となる部分は、病院スタッフの方にお任せすることができて

自分の精神的負担がそれだけでもグっと減るのだから、

わたしは、その分長い時間寄り添ってやらなければと思う。

 

緩和ケア病棟への移動はすぐに認められたけれど

病院側の決まり事で、土日祝日には緩和ケア病棟への移動はできないらしく・・・

お引越しは明日の予定だ。

 

今もまだ、狭く薄暗い大部屋のカーテンの中で、

頭を混乱させている父を思うといたたまれない。

早く明日になってほしい。