主治医の言葉①

採血とレントゲン検査の順番を待っている間に、前記事のような旅行の話をした。

週に何度も顔を合わせていると、正直言って父との会話も少なくなり

話題には本当に困る。

もともと、わたしのほうから父に対して「ねえ聞いて!」と、

自分のことを話すようなことがほとんどないため

(父に話を聞いてもらいたいと思ったことはこれまで生きてきて一度もない)

このごろは通院で一緒に車に乗っていても沈黙の時間が増えてきて

間が持たなくて困るほど。

 

これまでは、旅行の話をすれば父は自分の過去の海外旅行の話を持ち出したりして

それはもういくらでも一人で話し続けたので助かっていた。

が、このごろは旅行の話も「非・現実的」になってきたせいかあまり出ない。

そんな中、沈黙を避けたくて旅行の話をしたのに

「お前に上野に連れて行ってほしい」と言われて返事に詰まる・・・などという

見せてはいけない戸惑いを見せてしまった自分。

 

ああ、こんなことなら旅行の話なんてしなければよかった・・・と

気まずい空気を引きずって約1時間。

ようやく診察室へと招きいれるべく、父の名前が呼ばれた。

 

主治医「こんにちは、〇〇さん。どうですか?」

 

主治医はいつものように、

さっき撮ったばかりのレントゲン画像をモニターに出だしながら言う。

 

父「はい。とても身体の調子がいいですねえ。」

 

主治医「あ、いいですか・・・?(苦笑)息切れもないですか?」

 

父「はい、調子いいですねえ。息切れもしないです。」

 

主治医「(また苦笑)そうですか・・・w
うーん、まあ・・・たぶん身体が息切れに慣れちゃってるんでしょうね。」

 

わたしはものすごく観察眼が利くほうなので・・・

この主治医の「苦笑」がものすごく気になった。

なんだよその、含みのある笑いは・・・?と。

 

父はたぶん気が付かなかったと思うけれど、わたしはこの主治医のリアクションから

「検査結果はそんなに良くないんですけどねえ」という

主治医の苦笑いの意味を読みとった。

 

基本的には、父の診察にはあくまでも「付き添う」だけで

横から口を挟まないようにしている。

父が先生に申告する自分の体調は、正しくないことも多々あるのだけれど

プライドの高い父の言葉を横から遮って「先生、本当はそうじゃないんですよ」

などと訂正を加えることは、父を怒らせることにつながるので

(診察室を出てから超絶不機嫌になる)

最近はもう、本当に必要なこと以外は、

「あーはいはい。また話盛ってるけど・・・好きにしていいよ」という気持ちで

訂正はしないようにしているのだ。

 

主治医「体調がいいならよかったです。まあ画像を見るとこの白い影の部分が
以前より少し広くなっているんですが、まあ・・・まあ、
体調が良ければそれでよしとしましょう。」

 

主治医は医者としての説明義務を果たすかのように、さりげな~く「白い影」という

言葉を混ぜてきたが、この「白い影」は言うまでもなく、肺がんのことだった。

ああやっぱり、じわじわ広がっているんだな・・・と、画像を見て思った。

 

主治医はたくさん患者さんを抱えているのできっと無意識なのだろうけど、

去年の秋の入院以降、

こうして診察のたびに「体調がよければそれでヨシとしましょう」

と何度同じことを言われたかわからない。

もはやすっかり定番フレーズになってきた。

そこには主治医の

「治療ができるわけではないので、体調がいいならそれでヨシ」

ということにしておきたい・・・という思いが透けて見えるし、

現実を考えると、「医者としても、他に言いようがないんだろうなあ」と

察することができるので、無理もないと受け止めている。

 

しかし、その主治医の言葉を、父本人はスルーしなかった。

レントゲン画像を指さしながら

 

父「先生、どうしてここは白くなってるんですか?」

 

父がド直球で聞き返した。

主治医が父の言葉を受けて、言いにくそうに言う。

 

主治医「うん、まあ・・・。おそらくこれはまあ、ここに”悪い病気”があるせいで・・・。」

 

”悪い病気”と表現したところに、主治医がものすごく言葉を選んでいるのがわかった。

しかしグイグイ食いつく父。

 

父「その悪い病気っていうのは、肺気腫のことですか?」

(※父の病気は肺気腫間質性肺炎・肺線維症・肺がん、・・・と、
まるで肺疾患の詰め合わせのようにバラエティに富んでいるのだけれど
本人は全部を覚えきれないのでまとめていつも「肺気腫」にしてしまっている)

 

頼むから、それ以上追求しないで・・・・!と、心の中で叫ぶわたし。

 

主治医「それもありますが・・・

この白い影は、おそらく腫瘍なので・・・。

以前、〇〇先生のときに(←前任の主治医)検査をしてもらって、

この腫瘍については説明を受けてますよ・・・・ね?」

 

主治医はこの時に、確認するように視線をわたしのほうへ向けたので、

わたしは「はい、聞いています。」とハッキリ答えた。

 

前任の主治医が病院を辞められて、今の若い主治医に代わって以降、

この肺がんの存在についてしっかりとした説明があったことは1度もない。

1年以上、ほとんど大きさを変えないおとなしいガンだったことに加えて

 

ほかの肺の病気のせいで、肺自体の状態が悪くなり、肺炎で死にかけたり・・・

など重症になることが続いたせいで、ガンの話はすっかり埋もれていたのである。

 

けれど、以前書いたように、3月の検診のときに

知らない間に「ビー玉大→卵大」までガンが大きくなっていたことを知り、今に至る。

 

過去に繰り返し書いているように、

細胞診に至っていないため(※肺への負担が大きく、検査自体ができない)

確定診断にいたっていないことも、

診察の際に言及されてこなかった理由の一つだと思う。

(限りなくガンに間違いないけれど、診断書にはガンと書けない状態だから)

 

主治医としては、この話をするときにいちいち

「100%ガンと決まったわけではありませんが」

「確定診断ではないのですが」

と、前置きしながら説明しなければならないので、言葉選びは大変そうだ。

 

父にとってはこの「肺がん」への言及が意外だったのか・・・?

 

本人に聞いていないのでわからないけれど(聞くに聞けない)

 

残念そうに「ああそうですか・・・。」とだけ答えた。

 

父は、この主治医のことを気に入っているので診察のときには

積極的に近況を話さなければいけないと思っている。

若干しんみりした空気を換えたいと思ったのか、話題を変えたかったのか

続けてこう言った。

 

「背中がずっと痛いんですけどね。最近整形外科へ行きまして、

そしたら背中の捻挫と言われましてね。

でも痛み止めの注射とか湿布をもらったりしたら、よくなってきました。

でも整形外科でもらう湿布は、どうもすぐはがれてくるので、

前に先生から処方してもらった湿布のほうがいいんですが(くれませんか?)。」

 

それを聞いた主治医が言った。

 

「そうですか。うーん・・・。

でも、その背中の痛みは・・・・

この腫瘍による痛みの可能性が高いと思いますよ。」

 

 

 

????

 

先生、今何と言った?!

 

 

わたしは耳を疑った。

 

(つづく)