主治医の言葉②

(つづきです)

 

主治医は

「腫瘍が原因の痛みである可能性が高いですよ。」

 

と、いたって冷静に言った。

 

わたしは、

 

は?

 

と思わずにいられなかった。

 

なぜなら、以前のブログでも書いたとおり、

この主治医は3月の検診のときに、

わたしが「背中の痛みはガンと関係があるのでは?」と聞いた時、

「場所が違うから、それは筋肉痛か何かでしょう」と苦笑いして

あっけらかんとハッキリ否定したからだ。

 

否定していたじゃないか!

 

norako-hideaway.hatenablog.com

 

 

わたしは・・・主治医がそう言ったんだから、きっとそうなんだ・・・

いやでも、この痛がり方はどうなんだ・・・?

これは絶対肺がんの痛みだろう?肺の背中側にはりつくように、

それは存在しているのに・・・

違うの?

いやでも・・・、

主治医が言うように「ただの筋肉痛」あったほうが

父にとってはむしろ喜ばしい診断なのだから、

わたしがよけいなことを調べたりして悪いほうの想像を膨らませたりせず、

素直に信じていればいいのだ、うん、そうだ。きっとそうだ・・・と、

つい最近までごちゃごちゃと悩んで葛藤して、

やっと頭の中を整理したところだったのに。

ブログにもそう書いていたのに・・・。

 

父とは違い、わたしは主治医に対してあまりいい印象は持っていなかったのだけど

この日、まるで父の背中の痛みのことを初めて聞いたかのような顔で

「それはたぶん腫瘍のせい」と平然と言ったことに対して

わたしの主治医への不信感は確定的なものになった。

 

先生、私はほんの2か月前にこの痛みのことを聞いたじゃないですか?

あなたは否定しましたよね?

それを、背中の痛みの話を今日初めて聞いたような顔してるってことは

その会話を覚えていない(記録もしていない?)ってことですか?

 

心の中の憤りを必死で抑えた。

 

もちろん、「医者様」の前で、そんなことは決して顔には出さないし、

治療法を探してるわけじゃないので、病院を変えるなんてことも考えてはいない。

父は全面的に信頼を寄せているのだから、それが大事だし。

(父本人は物忘れが激しいので、3月に「筋肉痛だろう」と言われたことは忘れていると思う)

 

腹を立てている場合ではない。

冷静に。この痛みをどうしたらいいのか?しっかり相談せねば。

 

それまで黙って聞いていたが、

父に任せておけない状況になったのでわたしが質問した。

 

私「先生、今、整形外科で痛み止めの注射と飲み薬を処方してもらっているんですけど。トリガーポイント注射を・・・。それはどうしたら・・・?」

 

わたしがそう聞いたのは、主治医が「おそらく腫瘍のせい」と認めた以上は

父のガン性疼痛を抑える治療を考えてくれると思ったからだ。

 

ところが主治医の答えは思っていたものと違った。

 

主治医「ああ、それは続けてもらっていいでしょう。どうせ(痛みは)対処療法しかできないので。」

 

私「整形外科のほうで今のまま注射を続けるってことですか?」

 

主治医「それでいいですよ。とりあえずそれで痛みが治まるなら続けてもらって、

もしその注射と痛み止めの服用でも痛みが抑えられなくなるようだったら、

また相談してください。」

 

主治医の「相談してください」は、おそらくモルヒネのことだろう。 

母もモルヒネが欠かせなかったのでよくわかる。

今の注射は通常の痛み止めでしかない。

これが効かなくなってきたときにはモルヒネに進むということ。

 

しかし、この病院でペイン治療をしてくれたらいいのに、

なぜ整形外科に通い続けるのか疑問に感じた。

しかも、

 

主治医「ただ、その整形外科の先生に、肺がんのことは説明したほうがいいでしょうね。確定診断ではないけれどその可能性が高いと言われている・・・と。

でないと整形外科の先生が、”なんでそんなに痛いんだろう”と悩まれるかもしれないので。」

 

なんてことまで主治医は言った。

説明の口調は親切そうなニュアンスだったけれど、

わたしにはものすごく違和感があった。

 

だって、

 

呼吸器科の主治医が、肺がんであろう自分の患者に

「整形外科で痛み止めの注射と痛み止めもらってください。」

と言っているわけで・・・。しかも

「その整形外科の先生に肺がんのことを説明してください」

と言われるだなんて・・・。

 

おかしくないの?この状況は?

主治医自身で対処してくれる気持ちはないの???

 

もちろん、同じ総合病院内の整形外科で情報を共有して

連携してくれるというなら話はわかる。

けれど、父が通っているのはこの総合病院とは全く関係のない開業医だよ・・・?

 

この総合病院の呼吸器科に通いながら、

肺がんの痛み治療は整形外科にこのまま通えばいいよ・・・だなんて。

説明は自分でしてね、だなんて。

 

これって普通なのかな?

 

主治医の言葉に、わたしの頭の中は疑問符でいっぱいになったけれど

病院を変えるという選択肢は一切ないこと、

どこか冷ややかな雰囲気を醸し出している、この苦手意識の強い主治医に対して、

ああして欲しいこうして欲しいと言える勇気がわたしにないこと、

ほかにもいろいろ細かいことを考えると

「わかりました。」と物わかりのいい患者でいるしかできなかった。

 

そして診察室を出て、

わたしの前をゆっくり歩く父の背中を見ていたら、

主治医や治療に対するモヤモヤした気持ちは一旦は消え去った。

 

「気づかぬ間に、痛みが出るほど肺がんが大きくなっていた」

 

というつらい現実を突きつけられた父。

気難しく、プライドの塊で、いつも虚勢を張って、周囲に怒りを巻き散らす父。

でも本当は驚くほど気が小さくて、クヨクヨしてわたしを頼ってくる父。

 

きっと、これから背中が痛むたびに、

ガンが進行しているんじゃないか?と不安でたまらなくなるはず。

今、頭の中でその不安と絶望感と闘っているのだろうと思った。

 

これから一体どうなっていくんだろうか・・・?

父の身体はどんなふうに弱っていくのだろうか?

いつか歩けなくなる日がくるんだろうか。

ベッドから起き上がれなくなる日も遠くないのだろうか。

これからわたしが向き合って、支えていかなければならないものは

果たしてどのくらい大きなものだろう?

まだ全く想像がつかない。

 

 

 

そして、父の目の前では主治医にどうしても聞けなかった言葉を頭の中で繰り返した。

 

 

先生、父はあとどのくらい生きられますか?

 

 

 

 

(つづく)