主治医の話と今後の展開。

ようやく主治医に会えた。

 

前記事でも触れたように、決して主治医が怠慢だったわけではなく

(ちゃんと主治医は毎日父に声をかけてくれていたわけで・・・)

自分のほうがなんとなく主治医から話を聞くことを避けていただけ。

「順調なので来週にも退院していいですよ。」

と言われれば、ちょっと待って心の準備が・・・と思うに違いなくて

「かなり深刻な状況です」

と言われれば、それもまた・・・・。

という、説明しづらい自分のややこしい感情のせい。

 

主治医のほうからわたしに説明したいという連絡がないということは、

(過去には要所でそういう電話が主治医からあった) 

今すぐ命に係わる状況ではないということだろうと解釈できたけれど

しかしこの3日間ほどの父の全身状態は、「悪化」にしか見えないものだったので

これは一度きちんと話を聞かなくては・・・と

ようやくこちらから説明を求めることにした。

 

午後、父の病室にいるときにちょうど看護師さんが点滴のためにやってきたので

「今日は先生はおみえになりますか?」

と聞いたところ、すぐに呼んできてくれると言ってくれて、

対面は5分もしないうちに実現。

 

まあ、本当は場所を替えて・・・・父のいないところで話したかったけれど

主治医は特に気にする様子もなく部屋に入ってきて話し始めたので

そのまま聞くことに。

 

主治医の話をまとめると

*肺炎のほうは抗生剤が良く効いて、順調に回復傾向にある。

*抗生剤の点滴はあと1週間くらい続ける予定。

*現在の呼吸状態の悪化は、肺炎を引き金に持病のCOPD肺気腫)が急性増悪を起こしているせい。

*高齢者は入院でガクっと体力が落ちるため、体調を見てリハビリも進めていく。

*この肺炎によりすぐ肺機能が悪化する可能性は低いとみている。入院前の酸素量まで戻れるはず。

*よって現時点での退院時期は、肺炎の治癒後、リハビリを順調にこなして本人の体力&呼吸状態の改善が見られてから。2~3週間後になるのでは?

 

・・・とそういうことらしい。

 

なんだか・・・・楽観的な状況なのか悲観的な状況なのか、

よくわからなくなってきた(汗)。

肺炎自体は順調に回復中、でも持病の肺気腫は急性増悪という、

つまり「いい話」と「悪い話」の詰め合わせみたいな状態ということだ。

 

内心、いつかこういうことが起こるとは思っていた。

「こういうこと」とは、

父が隙あらば酸素をさぼったりしているわりには

持病の肺気腫のほうが比較的安定した状態を保ててきた中、

肺がんの進行やガン性疼痛のコントロールにばかりに意識が行っているところを

存在感の薄くなっていたその肺気腫のほうに足元をすくわれること。

 

ブログでも再三触れているように、父は酸素サボリが常習化していたために

わたしが発見したときも無酸素の状態だったし(推定15時間以上)

その時すでにSpO2は80を切るくらいに悪化していたわけで・・・

直接の引き金になったのは肺炎だとしても、

あの時の長時間の無酸素がこの「急性増悪」と無関係だとは素人目には思えない。

 

弱り切った父に対して追い打ちをかけるように、そこを今責めてもしょうがないので

この部分の「お説教」は無事に退院を迎える日までとっておくことにする。

 

 

 この状況にあって、父の頭は比較的しっかりしていてせん妄も起こっていない。

それが逆にかわいそうに思える。

これだけ身体がつらいと、いっそ何もわからないほうが楽なんじゃ?と思うから。

急性増悪で身体がずっしりと重い状態にありながら、

そこへガンの痛みも襲ってくるから痛み止めも欠かせない。

「全身がだるくて動けない」「どうしてこんなに体調がよくならないんだろう?」

「何を食べる気にもならない」「お茶すら美味しくない」

毎日毎日、わたしが来るたびに同じことを訴えてくるので

わたしもなかなかに返す言葉を選ぶのに苦労する。

 

 全身倦怠感は、すべて呼吸状態が悪いせいで・・・・

寝ているだけでも5~6Lも吸っていないと

酸素の正常値をキープできない状態がかれこれ3日ほど続いている。

(※入院前は同じ状況なら1LでOKだった)

トイレに立とうとするだけでその数値がさらにガクっと下がるし、

もちろんフラフラして転倒の危険もあるということで、

勝手に動き回らないよう、父のベッドサイドにはセンサーが設置されている。

 

トイレはそのときそのときの体調に応じて、

看護師が支えて連れていくか、尿瓶で済ませるか…?になっている様子。

  

こういう生活はどんどん老人の基礎体力を奪う。

ネットで調べたところ、老人のこれを「廃用症候群」というのだそう。

高齢者が入院で安静状態が長く続くと、筋肉や神経、臓器などが

使わない身体の機能がどんどん衰えてしまう現象。

問題なのは・・・・父の場合は、

この入院をきっかけに安静状態が始まったわけではないこと。

 

ブログを読んでいてくださる方たちにはお気づきかと思うけれど

7月初めの体調不良のあたりから、父は自宅にいるときでもトイレ以外には動かず

外出もできない状態が続いていて、さらに途中1週間の入院もあった。

そのため、足腰の衰えは入院前からすでに始まっていたことになる。

 

そうそう。

主治医の話でホっとしたのは、「肺炎の治療が終わったら退院」ではなく、

酸素の流量が元の状態に戻るまで、体力が戻るまで、を

入院期間として想定してくれてることだった。

 

今までの入院を振り返ってみても、この主治医は

「肺炎は治ったので、治療もないし、そろそろ退院を」

などと言ってくる人ではないとは思っていたけれど

体力が戻ってから退院・・・と、考えてくれていることがハッキリわかったので

そこはとても安心した。

 

満足に動けない状態で退院許可されることを、わたしは一番恐れていたし。

 

この先生は、とっつきにくいけれど・・・

こちらが聞いたことにはきちんと率直に答えてくれるし、

退院を急かすこともない。

相談員Sさんが

「〇〇先生はいい先生なのよ。ああいう感じだから誤解されやすいけど(笑)」

と、以前含みのある笑いでこそっと教えてくれたことを思い出す。

 

ただね・・・笑顔がね・・・・笑顔があったら、もっと話しやすいのになあ・・・。 

 

 

肺炎は治癒しても、父の肺に居座っている病気そのものが治ることは絶対にない。

だから、わたしにとって大事なことは、

父の病気がどうなるか???とか、酸素の流量が戻るか?とか

そういう数値や検査結果的な話ではなく、

 

その結果がどうであれ、

「父が歩いて病院を出られる状態に戻れること」

「今までと同じ介護・看護ケアサービスで父の生活をカバーできること」 

という、そういう「結果」の部分だけだな、と思った。

 

つまり、たとえ先生の予想通りには酸素流量が元通りにならず、

今までより流量が増えることになったとしても、

それを条件に歩くことができるなら、そこでヨシとしなければ・・・と。

  

ところで今回の肺炎・・・。

「前日まで普通に話もして元気だったのに日曜日に突然倒れて・・・」

と、主治医に話したところ、

「うーん。たぶん、突然肺炎になったわけではないですよ。」

と、否定されてびっくり。

 

主治医によると、高齢者は肺炎の症状が表面に出ずらいのだという。

そして、ある日突然肺炎を起こすことはまずないので、

おそらく表面に出なかっただけで、じわじわと進行していたはずだと。

 

その言葉を聞いて真っ先に思い浮かんだのが、前回の入院から退院したあと、

1週間ずっと続いていた、あの食欲不振。

お風呂に入ることも嫌がるほどに身体がだるいとも訴えていた父。

それが延々続いてからの突然の高熱ダウンが入院となったあの日。

そのときは「次から次へと・・・」とため息な状況だったけれど

 

「そういえば」と、そのことを主治医に伝えると

 

「ああ、おそらくそれが肺炎の徴候だったんでしょう。

食欲不振は多い症状なんですよ。

〇〇さんの場合、痛み止めの副作用の吐き気もずっと続いていたから、

よけいにわかりづらかったかもしれませんね。

 

 

と言う。

 

そ、そうなのか・・・。

でも今はそう言われることですべての説明がつく。

前回の入院時、病食もしっかり食べていたのに退院してからとたんに食べなくなり、

「どうして?」とイライラしたりもしたけど、そういうことなのか・・・・。

 

 

また、父のように肺に持病を持っていると、

今後もこういった感染症にはかかりやすいらしい。

 

どこまで注意して観察していけるか謎だけれど、訪問看護師さんにも

今後はこういうところを疑ってみてもらえるようにお願いしたいところ。

(実は今回肺炎と診断されるまでの1週間に訪問看護は3度も入ってもらっていたわけで・・・) 

 

・・・というわけで・・・これが、今の父の状態。

 

 

今回は、体調の悪さが顕著なせいか、

父が今までになく弱気というか心細い思いをしているようで

わたしが顔を出すたびに、

「お前がきてくれてうれしい」「お前が来るのを楽しみにしている」

と、聞いていてくすぐったくなるような言葉をいちいち口にする。

 

それもあって、やはり今までの入院と同じく・・・・

毎日毎日、病院に通っている。

 

自宅から車で片道40分の距離だし、負担にならないと言ったらウソだけど、

独り暮らしの父を訪ねるよりはずっと心の負担は少ないので

なんとか頑張って通ってやりたいと思う。