新年早々やらかした。

やらかした・・・・、のはわたし。

ほんっとに成長できないというか・・・・

何度も何度も同じ思考と行動サイクルを繰り返して自分で自分がイヤでしょうがないし

自己嫌悪の連続。

 

娘であり、介護者である自分が、父をうまく操縦すれば、

お互いがイヤな思いをせずに日々穏やかに送って行けるはず・・・・。

なんていうのはただの理想なのかな。

むしろ、そういう考え方をしていると、うまくいかないときに自分を責めることに

なってしまってよくないのかな。

実際はそんなに簡単に人や自分、そして環境を変えられるわけじゃなく

結局は介護者がひたすら我慢我慢・・・しか、ないのだろうか?

 

もう何度こんな思考を繰り返しているんだろう?と、

本当に情けない。

 

正月はあっという間に過ぎ 

兄弟は1月3日に二人そろって実家を後にしてそれぞれの暮らしへ戻っていった。

 

前記事にもあるとおり、兄弟があまりに頼りなかったので
(洗濯を頼んだら自分の洗濯しかしてくれなかったこととかね・・・)

これはわたしの感覚で本来は「言わなくてもわかるだろう」というところまで

逐一すべて指示しないとやってくれないと判断。

二人が帰る前日には

「来週までヘルパーさんは来ないので3日に帰る前に、トイレ・お風呂の掃除をしていってください。掃除機もかけてください。3日まで配食サービスはお休みなので、午前中で帰らず、お父さんのお昼ご飯までは付き合ってから帰るようにしてください。
ストーブは1階には置かず、お父さんの目の届かない2階にしまってください。(お父さんは2階には上がらないので)」

と事細かに注文を出した。

なんだか子供にお手伝いを頼んでいるかのようだった。

 

そうして、兄弟が3日まで実家に滞在してくれたところから計算して

わたしは2日後の5日の朝に父を訪ねた。

 

ああ・・・またこの日々が始まるんだなぁ・・・と、

そもそも、その日の朝からかなり憂鬱モードだったこともある。

 

居間への引き戸を開けて「おはよう」と声をかけると

そこには、ソファでくつろぐ父の姿。

そして、その父から2mくらい離れた椅子のところに、酸素チューブが

ひっかけられて放置されていた。

 

(またか・・・・。また、酸素してないのかよ・・・。

なんで当然のように酸素外してるのよ・・・?)

 

もうこの時点で、ダメだった。

元旦の夜、夫と息子を連れて実家を訪れた際に、ずっと父が鼻チューブをつけずに

酸素なしで平然と座っていた姿を見て、モヤモヤしていた記憶もまだ新しい。

そして、今日もまた・・・。

これまで1か月間、自分を守るために「もう酸素のことには口出しすまい」

思って見て見ぬフリで我慢を続けてきたけれど、

 

お正月中に溜まった大量のゴミの山と大量の洗濯物を前にしたら、

沸々と怒りがこみあげてきてしまったのだ。

それを必死に抑え込みながら、父と会話をするのだが

能天気にヘラヘラと笑いながら話しかけてくる父に、笑顔を返すことができなかった。

 

たまりかねてイラ立ちを抑えつつも、言ってしまった。

 

「お父さん、酸素は?吸わないの?」

 

その瞬間、父の顔色が一変した。ふてくされた顔になり

 

「これからするところだ」

 

と、まったく答えになってないことを言った。

24時間酸素吸入するように指示されているのに「これから」ってなんだよ?

 

父の言う「これから」は、実は「これから風呂に入るから」だった。

お風呂に入るときには、酸素を3L吸っていても血中酸素飽和濃度が

80台後半まで落ちるので、酸素なしで入浴するのは苦しいようだ。

(しかし、そもそもお風呂だから酸素・・・じゃなくて24時間要酸素なのに)

 

父がお風呂に入っている間、わたしはなんとか自分の平常心を取り戻そうと

必死に気持ちを落ち着けていた。

酸素のことは指摘しないって、決めたはずだったのに。なんてバカなんだろう。

指摘してしまえば、父は逆ギレするし、私はその態度にもっと腹を立てることになるし

何一ついいことなんてないのに・・・・

腹が立ってもグっとこらえて、何とか笑顔を作らなくては。

と、深呼吸を繰り返していた。

 

しかし・・・・・。

父は下着姿でお風呂からあがってきて、ソファに腰掛けると

もう風呂は終わったから用済みとばかりに、当然のように

すぐさま酸素チューブを外してしまった。

 

これを見たらもうダメだった。

こんなことを平気でする父に対して笑顔を作るのは無理だったし、

楽しい話題で話しかけることも無理だった。

どうしたらいいかわからないままに、傍に座っていたら父が突然わたしに言った。

わたしを睨みつけ

 

「なんだ、今日は機嫌が悪いのか?
何か気に入らんことでもあるのか?(怒)」

 

と。わたしは父に腹を立てていたけれど、

その態度に腹を立てた父のほうが先にキレた形となった。

 

いつものわたしだったら、適当にごまかして何もなかったことにするのだけど

指示通りに酸素を吸わない、という勝手なことばかりしておきながら

「何か気に入らんことでも」と平然と言ってのけるのは

父は自分には何の落ち度もない、何も問題はないと思っている証拠で・・・

ああ、もう何にもわかってないんだな・・・と、

わたしの中でブチっと何かがハッキリと切れた。

 

「お父さんが酸素を吸わないからでしょう?!」

 

と、語気を強めてハッキリと怒りを込めて言い返してしまった。

父は、わたしの反撃にびっくりしたような顔をして、でも憮然とした様子で

 

「なんだ、そんなことか。たまたま外れただけだ。」

 

と、苦し紛れの言い訳をして(だって自分でわざわざ外しておきながら)

酸素チューブを手に取った。

 

もう、どうにでもなれ・・・と瞬間思って、わたしは続けた。

 

「わたしはね、お父さんが在宅酸素になって大変だろうからと思って

こうやって洗濯とかゴミ捨てとか、手伝いに通ってるんだよ?

それなのにお父さんがお医者さんから指示されたとおりに酸素吸わないんじゃ、

わたしは来なくてもいいってことじゃない?何のために来てるかわからないよ。」

 

胸の奥につかえていたことを、父にストレートにぶつけてしまった。

本当は、「あなたのためにわたしはこんなにやってあげてるのに」なんて

恩着せがましい言い方は、要介護者に言うべきじゃないのに・・・・。

言ってしまった・・・。

 

 

 

本当は、

「酸素ナシで動けるなら、もう洗濯もゴミ捨ても自分でやれば?」

「ヘルパーさんや訪問看護師さんが来てくれるのも在宅酸素だからだよ?」

「在宅酸素だから障害者手帳ももらっているのにそんな適当な使い方するなんて」

と、そこまで言いたかったけれど、それだけはかろうじて理性で抑えた。

 

実は父がそこで逆ギレしてきたら、わたしはもうそのまま無言で立ち去り、

父の前から逃げるつもりだった(笑)

ところが、わたしの言った言葉は、意外にも父にクリティカルヒットを与えていた。

「身体によくない」と言われたら、父は反撃してきたかもしれない。

しかしそのときの、「わたしがこうして手伝いに来てあげているのに」

とズバっと言われたことは、父にとっては痛いところを突かれた形だったようで

反撃の言葉を奪ってしまったようだった。

娘に世話になりっぱなしであることは、父も十分すぎるほど承知していたはずだから。

 

父はバツ悪そうに

 

「はいはいはいはい。お前の言うとおりだ。お前が正しいです。はいはい」

 

と、自分の分の悪さをごまかすかのように、ヤケクソ気味に酸素チューブを鼻につけ

この話を終わらせようと必死だった。

もうこの「はい」の連打は人が「納得してないけど話題を終わらせたいとき」

に使う方法だからね・・・・

わかりやすいくらいに父がイラ立っている(でも言い返せない)のがわかった。

しかも、まるで親に叱られた子供が「だってわざとじゃないもん」と、

言い訳をするかのように

 

「たまたま外れてただけだ。」

 

と、しつこく言い逃れをする父。なーにが、たまたま・・・だ。

年末に一緒にスーパーに行ったときだって、自分でわざわざ酸素チューブを外して

買い物していたくせに。

 

norako-hideaway.hatenablog.com

 

わたしはもう「どうにでもなれ」と思っていて、父を恐れてはいなかったので

攻撃の手を緩めなかった(笑)

 

「たまたまじゃないでしょ。今までずっと我慢して言わなかっただけだよ。

元旦の夜だって、ずっと外してたの、わたしちゃんと知ってるんだからね。」

 

としつこく追い詰めたが、父は小さな声で

 

「いや、たまたま・・・だ。たまたま。」

 

と、いつまでも「自分は意図的に酸素を外していたんじゃない」とばかりに

言い訳を繰り返した。

 

 

この話のあと、いったいどんな雰囲気だったかというと・・・。

 

父は、たぶん相当にバツが悪く、同時に責められて不愉快だったのだろう。

しばらくお互いに沈黙が続いた後

 

「お前もう帰っていいぞ」と言った。

 

一瞬どうしようか迷ったけれど、わたしも同時にはらわた煮えくりかえっていて

その日のうちに気持ちを切り替えるのは無理だと思ったので

そのまま無言で帰って来た。

 

父に言いたいことをとりあえず言った形になったけれど・・・

それでスッキリしたわけでもなんでもなく、

ただひたすらにドンヨリした気持ちで帰宅することになった。

 

一体いつまでこんな消耗戦を続けることになるんだろう・・・・?と。

 

昨年最後のブログに「いいことも悪いことも受け止めて」と

書いたばかりなくせに、新年早々「悪いこと」が先にやってきてしまい

早速ため息をついている。

 

酸素のこと、見て見ぬふりを続けるべきだったのかな・・・と思ったり

どんどん「酸素サボリ」が顕著になっていくのを黙ってみていられないし

どこかでこうして言うべきだったんだよ、あなたは間違ってないよ、と

自分を慰める自分がいたり・・・・。

なんだかもうよくわからない。

 

一山超えても、それですべてが明るい方向へ進むわけじゃなくて

また次の山がやってくるまで、何とか平穏に過ごすだけ。

その繰り返しなんだろうなぁ・・・きっと。

 

どうやったらもっとうまく対処できるようになるのだろう?