在宅酸素~失うものと得られるもの。

10月30日(火曜日)

 

ようやく、この一連の記事もリアルタイムに追い付いてきた昨日の午後のこと。

 

病院からわたしの携帯に電話が入った。

それは、父の主治医からの電話だった。

もしや・・・とは思ったがやはりそうだった。

電話の目的は、「在宅酸素」についての話だった。

 

「人工呼吸器が外れてから今日まで、頑張ってリハビリを続けてもらい

わたしのほうも、なんとか入院前の状態に戻せないかと思っていたのですが

残念ながら、酸素なしで日常生活を続けることは難しい状況かと思います。

酸素の足らない状態は、肺の状態をさらに悪化して肺炎を起こしやすくします。

また、酸素吸入をすることで肺の機能を長持ちさせることもできます。

今、お父様にもお話させてもらいましたが、退院後は在宅酸素を使ったほうが

いいと思いますが、それでよろしいでしょうか?」

 

と主治医。

わたしは、覚悟ができていたので、何の驚きもなかった。

ここ数日の父の様子を見守っていても、とても元気ではあるが

(それは常時酸素を吸入しているから当然)同時に、

もう何日もずっと、吸入する酸素の量が2Lから減らされないことが気になっており

「ここが限界なのかもしれない。在宅酸素は不可避だな」

とひそかに感じていたからだ。

 

わたしは全く知らなかったことだが、先生によると在宅酸素を使うようになると

「呼吸機能障害」の身体障害者〇級としての申請が可能で、

障害者手帳が発行されるらしい。書類の準備が出来次第、

事務方から連絡が入ると思うので、近いうちに申請をするようにと言われた。

 

障害者手帳を発行されることで、在宅酸素の自己負担分(1割)が公費で

まかなってもらえるようになるのだそうだ。

 

それにしても、先日介護保険の申請をしたばかりで、今度は障害者の認定。

短期間でここまで目まぐるしく状況がかわるとは、

ほんの数週間前には想像もできなかったことだ。

 

在宅酸素を使う日が、こんな形で唐突にやってくるとは。

 

わたしは

間質性肺炎の患者は、肺炎を起こすたびに肺が弱る・そしてそのために

より肺炎を起こしやすい体になる」

という知識が頭の中にはあったので、父が人工呼吸器から目覚めた瞬間にはもう、

「これほど重症な肺炎を経験して、手ぶら(酸素なし)では退院できまい」

と、思っていたが父のほうはそうではなかった。

 

その落胆ぶりはそれはそれは大きかった。

主治医の「入院前の状態に戻れる可能性があるので」という言葉を励みに

ここ数日を過ごしていただけに。

そして、何度も書いているとおり父は、プライドが高く強情なわりには、

気が小さく非常にクヨクヨとした性格でもある。

 

「この先の生活が不安で不安でたまらない」

 

と、負のオーラを隠そうとはしない父。

 

「な~~~に言ってるの、お父さん!

なんとかなるって。大丈夫大丈夫。

そりゃ、これからはどこへ行くにも酸素連れて行かなくちゃいけないから

ちょっと邪魔くさいかもしれないけど、

たぶんヘルパーさんにも来てもらえるようになるだろうし、わたしも手伝うし。

在宅酸素の生活になることで、お父さんは無理して家事をしなくても

暮らせるようになるんだよ?

お父さんは何にも頑張らなくていいんだよ。

だってこれからは私やヘルパーさんたちが頑張るから!

酸素があれば、今まで息苦しくて諦めてたところへも行けるし、

まあ、海外旅行だけはちょっと行けなくなっちゃうだろうけど・・・

あきらめることと言ったらそれくらいだよ?

国内旅行だったら、いくらでも行けるし、

なんなら酸素かついでゴルフにだって行けるかもよ?

酸素が来ることで、得られるもののほうがたくさんあるじゃない!」

 

と、とびきりのテンションで、背中を押すつもりで父に言ったところ

 

「お前は強いなぁ」

 

と、父は笑った。

 

 

強くなんかないよ、お父さん。

ちっとも強くなんかない。でも、わたしが強くたくましい娘でいないと、

お父さんはもっと不安になるでしょう?

 

そして、父がポツリと言った。

 

「見栄を捨てればいいんだよな?」

 

と。

気位の高い父は、酸素のチューブを鼻につけた自分の姿を知り合いに見られることを

何よりも恐れていたと思う。自分が憐れみを持って見られることを。

だから、そこでもわたしは言った。

 

「そうだよ。そんな邪魔なものは捨てるべきだよ。

お父さんは、酸素と一緒に歩くことで、

自分が人からかわいそうと思われたり同情されるのがイヤなんだよね?

でもね、人は「酸素を付けてるから」「車いすに乗ってるから」

誰かのことをかわいそうと思うんじゃなくて、クヨクヨしたり、

悲しそうな顔をしている人のことを、かわいそうと思うんだよ。

お父さんが酸素をつけることを恥だと思って隠そうとしたり、

人目を避けるようなことをしたら、みんな「気の毒にねぇ」って目で見ると思う。

でも、お父さんが酸素つけてても、気にせず元気よくニコニコと笑っていたら、

だれもお父さんのことを哀れんだりなんてしないし、

〇〇さんはいつも元気で素敵な人だなーって思ってくれるよ!」

 

と。

自分でも驚くほど流暢にそれらの言葉はでてきた。

でもこれは父を励ますためでもあるけれど、わたしが常日頃思っていることなのだ。

 

父は・・・・本当の気持ちはどうかはわからないが、

見た目には、わたしの言葉でずいぶんと前向きで元気になってくれた気がする。

 

「そうだよな。お前の言う通りだよな。開き直ることが大事だよな」と

 

自分に言い聞かせるように言いながらうなずいていた。

 

まだまだ、わたしも父も、

酸素のある生活が一体どんなものになるのか?想像の域を出ない。

わたしは

「使い方と付き合い方に慣れていけば、酸素のある生活はきっと安心感を生んで、

行動範囲を広げてくれるはず」

と、信じているし、そうあってほしいと思う。

 

 

そんなわけで・・・

父は在宅酸素に向けての検査や手続き、もろもろ準備が整い次第

退院することとなった。

 

来週中には家に帰れることになりそうだ。