急転直下。

今日は退院後初めての診察の日。

呼吸器内科だけでなく、先日の帯状疱疹の経過を見せるのもあり、

皮膚科も受診しなければいけない(同じ院内だけど)ので長丁場。

朝いちばんに行って、まるまる午前中つぶれる覚悟だったし、

しかも、昼に父をまた自宅へ連れ帰ったら、

いったん自分の家へ戻り夫のための夕飯を作るなどして、

また夕方4時には父宅~夜8時に薬を飲ませるまで過ごす・・・と、

疲れた心身にはハードスケジュールで、「がんばれわたし」な気分で出かけた。

 

前夜、「明日は病院だからね」と言ってたのに、父はまったく覚えていなかった。

「そうか、今日は〇〇先生の診察の日だったか」

と、まるで今初めて聞いたような顔をして言う。

やはり物忘れは激しく進行している。

 

呼吸器内科は予約時間が決まっているけれど、皮膚科は予約制ではないので

「呼吸器の予約時間の前に皮膚科受診をサクっと終わらせたい」と

思っていたわたしは、時間を逆算して早めに来たのに、

どういうわけか、

「ひげをそりたい」と言って、電気シェーバーでおもむろにひげを剃り出す父。

その姿に、いきなりイライラさせられるわたし。

 

なぜかというと、父は入院中からずっと無精ひげを伸ばし続けていたのだ。

看護師さんから再三「おひげ剃りましょうよ」と言われても、

「剃らなくていい。伸ばしてるんだ」と、謎の拒否を続け、

退院後も、看護師さんが「剃ってあげますよ」と言ってくれているのに

「これが気に入っているんだ」と拒否し続けたのだ。

 

そのひげを、なぜ今、急に剃ることにしたのだ?

時間のないこのタイミングで?

 

2~3センチ、顎全体に伸びたひげを剃るのに15分はかかった。

モタモタするので「やってあげる」と言っても、

急かすわたしにイラついて「自分でやるからいい」と拒絶。

そして、やっと髭剃りが終わったと思ったら、今度は服を着替えるという。

 

こう言ってはなんだけど、所詮車椅子・・・。

前回、帯状疱疹のために受診したときもパジャマ兼部屋着のままで出かけたのだから

今だって着替える必要なんてない。

「そのままでいいよ」とイライラを隠しながら言うと

 

「ついでに風呂に入りたいから」と、これまた唐突に言い出す。

なんだろう?これは。ボケモードに入ってるのか???

看護師さんもいないのに一人でお風呂なんてダメだ、

明日看護師さんが来るからお風呂はそのときだよ?、と言ってあきらめさせると

「じゃあ明日にするか」とお風呂は断念してくれたものの

 

今度はソファに座り、くつろぎ始めてしまった。

一体何なんだ?この一連の無駄な動作は。

 

「もう時間もないから、早く行こう」と言うと、

 

「ったく、お前は落ち着きがないな。少し待て。」

 

とギロリと睨まれる。

 

このところ、こんなことばかりだ。

父の沸点が非常に低くなっている。

ちょっとでもわたしが何かを言うと、

「いちいち指図するな」と言って、不快感をあらわにする。

父のそういう態度は、わたしからどんどん心の余裕を奪っていく。

これだけは言ってはいけないと思いグっと堪えているけれど

「私がどれだけ大変な思いをしているかわかる?」と叫びたくなることも。

 

最近、笑顔を見せるのが心底つらくなってきた。

女優になれなくなってきた。

 

・・・とはいうものの、これから病院へ行って何時間も一緒に過ごすのに

険悪になってはまずい・・・ということで、

「身体がつらいと思うけど、時間がないので頑張って車に乗ってもらって

車の中で休んでくれないかな」

と、必死で下手に出て頼み、なんとかキレさせずに病院へ出かけることができた。

 

父は、前回帯状疱疹で受診したときよりは、幾分足元はしっかりして、

寝室から車への移動も、わたしの支えなくとも歩くことができた。

けれど、やはりそれが体力と持久力の限界なので、

受診はもう当たり前に車椅子である。本人も何の抵抗感も示さない。

たぶん、病院は車椅子で移動している人がゴロゴロしているので

そのあたりでも抵抗がないのだと思う。

 

病院に着くと、ロビーでばったりケアマネさんに遭遇した。

(私たちを待っていたわけではなく、偶然)

ついでとばかりに、父には聞こえないようにケアマネさんは

訪問看護のほうから、〇〇先生のほうへお父さんの今の様子と、娘さんが大変な思いをされている・・・ってこと、先に伝えてもらってますから。」

と、少し意味深にも感じ取れることを言ってきた。

 

現状、父に「治療目的の入院の理由がない」ことは重々承知しているし、

わたしには「父を入院させてくれませんか?」などと

主治医に頼めるほどの度胸はない。

 

ショートステイのアテもなくなったわけで・・・父の自宅生活を支えるしかない。

今後のことについて相談した兄からも

「僕もできる限り週末にそっちへ行って(介護の)交代するから、何とか頑張ろう」

という言葉をもらったばかり。

どこへも逃げ場はないのだから、わたしも頑張るしかないのだ・・・と、

気持ちを必死で切り替えようとしていたので、

入院に対する期待感はゼロの気持ちでいた。

そもそも、父を前にして主治医に「入院させてください」なんて到底言えっこないし。

 

そして、呼吸器内科の待合室で名前を呼ばれるのを待っていたところ、

思いがけず、訪問看護の所長さんが駆けつけてくれた。

父はこの所長さんが大好きであり、

思わず頬が緩んで嬉しそうにおしゃべりをした。

 

そこへ、ちょうどいいタイミングで、父の名前が呼ばれた。

すると、所長さんは「わたしもご一緒していい?」と言う。

 

わたしとしては、大歓迎である。

先生の話を一緒に聞いてもらうほうが、ありがたい。

・・・と思い、所長さんと3人で診察室へ入る。

 

 

 

主治医「その後どうですか、〇〇さん。やっぱりちょっとなかなか自宅での生活はしんどいようですね。あんまりご飯も食べれてないみたいですね?」

 

父「そうですねえ。ずっと低迷してますねえ。」

 

主治医「(血液検査の結果を見ながら)食べられていないのでちょっと脱水ぎみですね。栄養状態の数値もよくないですし。あと、やっぱりちょっと腫瘍はまた大きくなってますね。(レントゲンを見て)」

 

父「(驚いたように)大きくなってるんですか?」

 

主治医「うーん。進行性の病気ですからね。どうしてもじわじわ悪くはなりますよ。」

 

なんとも微妙な空気が流れる中、主治医が言った。

 

主治医「なかなかちょっと、おうちの生活難しいみたいですし・・・

これだけ体力落ちてると今後自宅での生活も難しいでしょうから、

一旦入院して施設を探すなり、それか・・・

〇〇さんは進行がんでもありますから、緩和病棟も入れますし、そっちでちょっと

入院して休養しましょうか。

 

 

主治医からのまさかの言葉だった。

 

わたしにとっては期待ゼロからの救いの言葉。

 

しかし、父にとっては・・・・?

 

 

 (つづきます)