決して一人ではない。

(つづきです)

 

主治医の診察を終えて、精算が終わるまで・・・いつもなら10分程度待たされる。

その時間を利用して、わたしは訪問看護ステーションへ行くことにした。

 

「お父さん、わたしちょっと訪問看護の支払いがあるから行ってくるね。」

と父にひとこと言い残して。

 

もともとこの日は、毎月の訪問看護費用の支払いを

定期検診で病院に来るときに一緒に済ませようと思っていたので

自分の中では、これは予定どおりの行動だったのだけど、

正直言って、あの気まずい診察の直後に父と並んで座って精算を待つのは

ちょっと精神的にキツく・・・

このときはその場を離れられる理由が用意されていたことにホっとしていた。

 

だって、何を話していいかわからないもの。

 

 

院内にある訪問看護ステーションは、これまでも何度も訪れている。

当然といえば当然だけど、彼女たちは業務時間中は患者さんの家を巡回しているので、

訪問看護ステーションの中は普段、事務員さんしかいないことがほとんど。

 

ところがこの日は、訪問看護ステーションのドアをノックして中に入ると、

そこには偶然にもステーション長の看護師さんと、そして

以前、介護申請から、認定が出るまでの暫定的なケアマネとして

1か月だけお世話になったケアマネさんがみえた。

(※「要介護」だったらそのままこの人が担当になるはずだったのだけど、「要支援」だったので管轄が包括支援センターに代わってしまい、残念ながら父のケアマネにはなってもらえなかった。落ち着いた雰囲気で話しやすく、わたしはこの方がとても好きだったんだけど・・・)

 

ステーション長さんには、去年11月に父の退院が決まったときから

何度かお会いして直接話もしているし、お世話になっている。

あちらもわたしの顔を見てすぐに気が付き、あ!という顔をして

訪問看護料金の支払いをしているわたしのところへ二人は近寄り

 

「その後、お父様はどうですか?」

 

と優しい笑顔で声をかけてくださった。

 

今思い出しても、このとき

訪問看護師さんと、かつてお世話になった旧ケアマネさんと話ができたことは、

わたしの気持ちを落ち着かせる上でもすごくタイミングがよかった。

 

何しろ、わたしはこのブログに日々の出来事と自分の思いを独り言のように

ぶつける以外、父のことについてリアルで誰かに話す機会はほとんどないから。

 

父の置かれている状況を、

「父はこういう病気を持っていて」というところから説明をしなくてもいい、

説明不要の相手に話せることはストレスフリーなことだけど、

実生活でそんな機会はなかなかない。いや、ほとんどない。

 

深刻な話で相手に気を使わせてしまうことに対する罪悪感だったり、

「話しても意味がない」と真っ先にあきらめてしまったり・・・で。

 

それだけに、昨年秋の父の入院時の状態から

ここまでの経過をすべて知っている彼女たち病院スタッフに対する、

絶大なる信頼感と、わたしの「聞いてほしい欲」はとてつもなく大きい。

 

旧ケアマネさんとステーション長さんには、

ちょうど父と一緒に来ていて、ついさっき診察を終えたこと、

主治医から背中の痛みはガンが原因である可能性が高いと言われたこと、

整形外科の痛み止めと注射で痛みを抑えていること、・・・など

 

主治医と話したばかりのことをそのまま伝えた。

ステーション長さんから

「整形の痛み止めは何を処方してもらってる?ロキソニン?」

と聞かれたので、

父のお薬手帳のページを、自分用にスマホで撮影してあった画像を見せる。

 

看護師さん「先生からは、痛み止めに麻薬(モルヒネ)を使うと言われました?」

 

私「いいえ。とりあえずは整形の注射で様子を見ていいと。痛みが抑えられなくなったらそのときには言ってくれと・・・」

 

看護師さん「ああ・・・。じゃあたぶん、そのときには麻薬を使うってことでしょうね。わかりました。」

 

今年の2月の記事にも書いているけれど、この担当者会議のとき

出席していた、別の訪問看護師さんから、

訪問看護をやめてもいいのでは?」という打診を受けていて、

わたしは以来、実は訪問看護の利用について、ずっとモヤモヤを抱えていた。

 

norako-hideaway.hatenablog.com

 

そのモヤモヤの正体は、

「このまま治るわけじゃなくてじわじわ弱っていくことが確実なのに訪問看護を辞めてしまうの?」

という不安感だった。

 

在宅酸素になったので、それに付随した健康管理のため・・・ではあったのだけど

正直、呼吸状態は在宅酸素によって安定していたので、

訪問看護は実際のところ、「問題が起きていないかの健康チェック」

でしかなくなっていた。

 

けれど、父のガンが進行していることは、

レントゲン画像から素人目にも明らかで・・・

今は確かに生活はできているけれど、確実に悪化していることは間違いないわけで

今後どのくらいの速度で父のQOLが下がるのか?は予測もつかない。

 

・・・となると、今このタイミングで訪問看護を辞めたとしても

結局そう遠くないうちにまた必要になるのでは?と思えてしょうがない。

 

 

これはいい機会だと思ったので、思っていることをすべて訪問看護師さんに話した。

 

父は看護師さんやヘルパーさんの前では、

調子が悪くても「調子いいです」と

言って、自分の弱っているところを見せたがらないこと。

だから、調子が悪くても「悪い」とは言わないかもしれないこと、

けれど、さりげなく背中の痛みの状態について様子を聞いてもらったり、

他に気になる症状がないか・・・

たとえば言動がおかしくて、「脳転移」が疑われないか?など

看護師さんの目線でチェックしてほしいこと

 

・・・などなど、伝えた。

 

実はまた別記事で書くつもりだけれど、わたしは「脳転移」に対する不安が強い。

どうやら肺がんは脳転移の確率が非常に高いのだそう。

脳転移の何が怖いって・・・つまり認知症のような症状が出る可能性があるので

ひとり暮らしをさせている以上、そこが最も怖いのだ。

 

父がこの日の予約時間を「9時だと思ってた」と間違えていたり・・・と、

今までならありえなかった物忘れが出ていることも、わたしは「脳転移」では?と、

いちいちビクビクとして聞いていた。

もちろん、父にはそんなこと言えるわけないのだけど・・・・。

 

わたしだけでなく、ヘルパーさん、看護師さん・・・

「異常」な言動が出ていないかチェックしてくれる目はできるだけ多いほうがいい。

今の在宅酸素のきっかけとなった昨年秋の肺炎の急性憎悪も、

3日前から寝込んでいた・・・ということをわたしは知らなかったせいだ。

(父が知らせてこなかったから)

あのころはまだ、わたしは2週間に1度、父を訪ねるだけだったから。

 

あのとき、熱が出た時点ですぐに病院で治療を受けさせていたら

今こんな不自由な生活はしていなかったかもしれない・・・という

「たられば」はいつもある。おそらく父にも・・・・。

 

発熱があっても、「寝ていれば治るだろう」と病院へ行きたがらない性格の父が

悪いのだけど、今後ああいうことが起こらないようにするためにも

「誰かが毎日様子を見に行ってくれる」という環境はキープしたい。

 

 

 

わたしが伝えた事実に対して、ステーション長さんは

「貴重な情報を伝えてくださって助かります。

こちらも気に留めるようにしておきますね」

とハキハキとした言葉で、丁寧に受け止めてくださった。

 

訪問看護は、厚生労働省が認める特定疾患対象になっている傷病に当てはまる場合や

退院直後など主治医が「必要」とみなした時に指示書を出す形で利用するものと、

こちらが「利用したい」とお願いして利用するケースと2種類ある。

 

父の場合は昨年11月の退院直後「2週間」については

主治医の指示での利用だったけれど、その後は「こちらが希望して」利用を続けている

形になっているので

 

おそらく・・・だけど、父の経過について主治医のほうから

診察や検査の結果が訪問看護ステーションのほうへ共有されてはいないのでは

ないのだろうか?と、思っている。(これは勝手な推測だけど)

 

だって、診察のときに主治医のほうから「訪問看護」についての話が出たことは

一度もないし・・・。

 

 

でなければ、ステーション長さんから「貴重な情報をありがとうございます」

だなんて言葉は出てこないはずだ。

 

 

そして、いい機会だと思って

 

「以前、父の状態は安定しているので、

いったん訪問看護を辞めてもいいのではないか?というお話をされたのですが、

今こういう状況になったので、おそらく今後は確実に悪くなるんだと思います。

何をしてくれる・・・、ということではなくとも

週に1度、看護師さんが父の様子を見に行ってもらえることや

こうして訪問看護でパイプがつながっていることは

わたしの安心感につながっているんですね。

そう遠くないうちに、もっと密にお世話になる可能性が高い気がしてます。

なので、(一見、意味がないように感じられる)健康チェックだけでも構わないので、

このまま訪問看護は続けていただきたいと思っているのですが・・・。」

 

と、自分が思っていたことをすべて伝えると、ステーション長さんは

 

「安心感につながっていると言っていただけるなんて、ありがとうございます。

その言葉は、本当にわたしたちの仕事の励みにもなります。

当面は健康チェックしかすることができませんが・・・

そういうことであれば、今後もお父様のお世話させていただきますね。

何か気になることがあればお伝えするようにしますから。」

 

と笑顔で答えてくださった。

 

 

 

時間にして15分程度ではあったけれど、

ステーション長さんと、旧ケアマネさん・・・・・

父の病気や状況をよく理解していてくれる人と、何も遠慮することなく、

自分の気持ちをそのままストレートに話すことができたその時間は・・・

 

まるで、どこに向かって歩いたらいいのか?わからずに

さまよい歩いた森の中で泉を見つけて、とりあえずほっと一休みできたかのような

そんな安堵感に似ていた。

 

ずっと誰かに話したかったんだと思う。

それも、父の病気や今の状況を知っている相手。

説明の要らない相手。

話して聞かせても、相手に「こんな重い話をしちゃってごめんなさい」と

気遣いをしなくてもいい相手に。

先週の、父の突然の背中の激痛に慌てたことや、

あの痛みはガンのせいじゃないのか?とずっとモヤモヤしていたこと、

今後に対する不安・・・とりあえず全部話せた。

 

当たり前のことだけど、やっぱり誰かに「話す」って大事だなと思った。

 

そして、月並みな言葉だけれど、自分はひとりじゃないんだと思えた。

 

もちろん、自分さえが心を開けば、

夫や兄弟・・・いくらでも話す相手は身近にいるのはわかっている。

でも、よけいな雑念・・・・

つまり、相手を困らせるだろうという遠慮や気遣い、プロじゃないし、などの思いが

頭の中に流れ込んできて、どうやっても

 

自分に近い人にほど話せなくなる現実

 

がある。 

 

この日、ステーション長さんと旧ケアマネさん・・・二人に対して

自分の気持ちにまったくブレーキをかけたり、言葉を選ぶ必要も感じず

ありのままに話していたことで

 

おそらく今のわたしには、家族や友人・・・よりも、

こうして「気を遣わず、遠慮なく相談してもいいプロフェッショナル」の人ほうが、

ずっとありがたい存在なのだと再確認した。

 

また、そういう人がいてよかった・・・とも。

 

そうして・・・

二人に「これからもよろしくお願いします」と言って、

わたしは訪問看護ステーションを後にした。

 

すっかり話し込んでしまって遅くなってしまった。

父はきっと会計で待っているだろう。

急がないと。

 

次は整形外科へ行かなければ。

 

あともうひと頑張り。

 

(まだつづきます)