理想の夫婦と幸せの基準。

試験勉強があるからブログ更新が落ちるかも・・・とか言ったその口が乾かないうちに

またブログを書いている(笑)

 

うちの庭には、かれこれ10年くらい・・・キジバトの夫婦が住み着いている。

キジバトの寿命がよくわからないので、果たしてそのツガイが

ずーっと同じ夫婦なのかも確認のしようがないのだけど、敷地内に植えてある庭木に

3~4か所くらい巣を作っていて、定期的に場所を替えている様子。

 

ハトなんて・・・!と思われるかもしれないけれど、

いわゆる公園とかで群れをなしている鳩(ドバトというらしい)とは違う種類で

キジバトは夫婦でしか行動しないので、糞害が気になったこともないし

こうして長年住み着いてくれると、意外と愛着が湧くもの。

 

そのキジバト夫婦が、最近どうやらまた産卵したらしい。

今回は、テラスのすぐ脇に立っているコニファーの中に巣を作ったようで、

一羽が絶えず巣を温めて、もう一羽が何度も出入りしている。

 

先日の朝、タバコを吸うためにテラスへ出ていた夫に(※室内では吸わせないw)

 

「また鳩が卵温めてるみたいだよー」

 

と教えてあげると、「へ~どれどれ」と、鳩の巣を探し始めた。

 

わたし「ほら、あそこあそこ」

夫「え?どこ?わかんないよ。」

わたし「ここから見て。ほら、緑の中に色の違うモノが座ってるの見えるでしょ?」

夫「あ~~~あれか。ハハハ。ほんとだ。」

 

それから、毎朝、タバコを吸いにテラスに出るたびに

「もうヒナ生まれた?」

と夫が言いつつ、なんとか覗き込もうとする。

 

「だめだめだめ。あんまり覗かないで。

卵を放棄しちゃうこともあるらしいから邪魔しちゃダメだよ」

とわたし。

 

夫にはそんなことを言いつつ、わたしも朝洗濯物を干すとき、午後取り込むとき、

そーっと近づいては下から巣を見上げている。

(高いところなので残念ながら下からしか見えない)

 

だからどうした、という話で何のオチもないのだけど、

ただただ、

「ああ、わたしはこういうゆる~い会話しているだけで十分幸せだな」

・・・と思った自分の気持ちのことを書きたかった。

 

夫婦だからこそ、自分の悩んでいることや、つらいこと、しんどいこと

うれしいことも悲しいことも、全部分かち合いたい、わかってもらいたい、

わかりあうべき・・・・という考え方もある。

 

けれど、そういう世間の「これが理想の夫婦」というイメージに縛られることは

何にもないな・・・と、この歳になってようやくわかってきた。

あくまでわたしの場合・・・だけど、夫に求めるものは、大きすぎないほうがいい。

自分だって完璧じゃないのに、夫のほうばかりに完璧な包容力を求めることは

そもそもちょっと身勝手のようにも思うし。

 

父親のことで、また新たにちょっとした事件があって、心の中はため息の嵐なのだけど

ちょっと今はそのことをブログに書くのはよそうかなという気持ち。

だって、せっかくこうやってささやかな幸せを感じているところへ、わざわざ

自分の気持ちを自分で落とすような記事を書くのはナンセンスだもの。

 

わたしがずっと抱えている精神的なプレッシャーは

何にも知らない能天気な夫とキジバトの巣を眺めていたら、

なんだかゆるりと溶かされてすごくラクチンな気持ちになったし(笑)

 

たぶんそれは、自分の気持ちを完全リセットできるからだと思う。

夫に知らないでいてもらって、ヘンに気を使われたりしないで、

自然にあっけらかんとされることのほうが、うれしい妻もいるってことだ。

 

 

思い通りにいかないことや、しんどいなあと思うことを

「つらいつらい、わたしかわいそう」って、そればかり思っていても

実は、日々の生活は何も好転しない。

でもそういう当たり前のことすら、その渦中にいるときには気づきにくい。

「自分かわいそう」で精いっぱいになってしまうから。

今そのことに瞬間的だとしても気づけているのは、むしろわたしのしんどい部分を

知らないままの夫の存在のおかげかも・・・と思えている。

 

だから、できるだけ、こうやって小さな幸せを見つけて

「わたしって幸せだわ~」という自己肯定の積みかさねをしていかなくては・・・と、

思う今日この頃。

 

ま、そんなポジティブ思考がどこまで続くかは謎ですが

意識はしていきたいと思います・・・。

 

さて、月曜日は父の定期検診付き添い。

メンタルダメージが最小限で済みますように。がんばれわたし~。