「介護」への意識のズレ。

月曜日の午後、ケアマネTさんから電話がかかってきた。

父が退院したその日に当面の父の生活のサポート体制について

打ち合わせをした以来のこと。

今回電話をかけてきたのは、どうやら市役所のほうへ父の介護申請の

処理状況について問い合わせてくれたからだった。

市役所からの返事は、なんと驚いたことに

 

「まだ審議されていない」

 

という回答だったそう。

介護申請は「申請してから30~45日はかかる」とあらかじめ聞いていたから

そういう意味ではあまり驚かなかったけれど、素朴な疑問として、

「認定調査から1か月。。。まだ審議すらされてないって・・・

(その間申請書類はどこで何してたの~?)」

くらいな脱力感はやっぱりある。

 

ちなみに、Tさんが役所の方から聞いたところによると、審議は来週の予定らしい。

なのでわたしのところへ結果が送付されてくるのはそこからさらに数日かかるとして

最短でも来週末・・・順当にいって再来週というところだろう。

申請してすぐに認定調査に来てもらえたので、「ひょっとして早いかも?」なんて

ちょっとだけ期待していたけれど全然そんなことはなく、

ちゃ~んと40日はかかりそうだ。

 

ケアマネTさんは

「そういうわけで、娘さんにはもうしばらく負担をかけてしまうことになりますけど

今、何か困っていることとかありませんか?」

と気にかけて電話をかけてきてくれたのだった。

 

ありがたいことに、現在は訪問看護師さんが週3日来てくれることに助けられている

おかげで、困っていることはない。

 

そのため、Tさんにもそのように伝えたが・・・

一方で心の中では、

「本当に今はそれなりの形ができているわけで・・・

ヘルパーさんを頼めるようになったとして、いったい何を頼んだらいいんだろう?」

と、逆に疑問にも感じている。

 

現在は・・・というと

 

■食事:昼と夜は配食サービスを利用。朝はパン食。

■掃除:【私】掃除機は週2回、トイレ・お風呂・キッチンは週末にまとめて掃除。

■洗濯:【私】週3日、行くたびに持ち帰って自宅で洗濯している。

■ごみ:【私】行くたびにゴミ箱の中身をすべて回収して自宅のゴミの日に捨てている

■買い物【私】朝食・飲料・おやつを中心に父に頼まれたものを毎回購入して行く

■お風呂:【訪問看護】お風呂自体は一人で入れるが、お湯張り・後始末は看護師さん

 

・・・というのが現状の父へのサポート体制である。

ちなみに、洗濯ゴミ捨てくらい、自分でできるんじゃ?と思われるかもしれないし、

実際やろうと思えば父は自分でできると思うけれど、

それを代わりにやってあげている一番の理由はやはり酸素。

父の場合は、酸素のチューブで24時間つながっている状態なので、

洗濯物を干したり取り込んだりするにも、またゴミ捨てのために

家の外へ1歩でるだけでも、酸素を在宅用から、携帯用へと付け替えて

リュックを背負うかカートを引いて歩かなければいけない。

そして家の中へ戻ったら、また携帯用酸素から自宅用酸素へと付け替えて・・・と、

たった5分くらい家の外へ出るだけでも、煩わしい作業が伴ってしまうというわけ。

それがわかってて「自分でできるよね?」とはちょっと言えない。

 

 

ところで、父がヘルパーさんに期待していることは、「食事を作ってもらうこと」だ。

わたしとしては・・・配食サービスで食事は確保されているんだから、

それでいいような気もしてしまうのだけど、

週1~2回くらいは手作りのおかずが食べたいという気持ちもわかるので悩ましい。

 

父は本当に、聞いていて怒りを感じるレベルで食の好みがうるさすぎる人。

これが理由で、わたしは「父の食事だけには絶対に関わらない」と決めているほど。

そしてこれが理由で、「同居は絶対無理」と思っていると言ってもいい。

そんな父。ヘルパーさんが作ってくれる食事が父の口に合うとは到底思えない。

(だって、亡き母ですら、さんざん父の食へのこだわりに泣かされたほどだから)

 

ヘルパーさんが作ってくれる食事に対する不平不満を聞かされる可能性が高いので

正直、わたしはあまりヘルパーさんに食事を頼む・・・ということに前向きではない。

避けたいと思ってしまっているのが本音。。。。

かといって、サービスを利用するのは父だから「やめて」とは言えないし・・・。(と、モヤモヤしている)

 

現在わたしが担当しているサポートをヘルパーさんに頼みたいけれど、

それも現実的に考えると・・・

結局、ヘルパーさんにお願いできることといったら、掃除しかなさそう。

・・・というのも、

 

■洗濯:洗濯物を外に干してもらっても、父は取り込むのが大変&たぶん忘れる

  →わたしが洗って干して畳んで・・・までやってくるほうが無駄がないのでは?

 

■ごみ:朝、ごみの回収時間までにヘルパーさんに来てもらわなければならなくなる。

  →現状通り、わたしが来たときにゴミ回収すればいいじゃん・・・となる。

 

■買い物:どうせ週3日父のところへ行くので、ヘルパーさんに頼むまでもない。

 

という感じだから。

 

そんな感じで・・・ヘルパーさんに頼みたいことは、

掃除とお風呂かなあ・・・。

お風呂については、現在は訪問看護でお世話してもらっているけれど、

それも、もともとヘルパーさんに来てもらうまでの「つなぎ」の目的だったので

ヘルパーさんに来てもらえるようになったら、訪問看護は週1回程度に減るはず。

なので、

週2回、ヘルパーさんに掃除&お風呂を頼む

週1回、訪問看護のときにお風呂を頼む

・・・という感じのルーティンが作れるんじゃないかと。

 

 こんなふうに、わたしが現在のサポート体制と、今後のことについて

あれこれと考えているところへ、父から思わぬ言葉が出た。

 

「どうして

つまでも看護師さんが来るんだ?

一人でなんでもできるのに。」

 

 

 

 慣れっておそろしい・・・。

 

上記に並べたように、在宅酸素になった父に家事の負担がかからないように

あれこれ考えて、これだけサポートされて家事をしなくてもいい生活を

わざわざ作り上げたというのに・・・

父の中では、退院後3週間で、それがいつのまにか当たり前の日常に

ルーティン化されていて・・・

 

「誰かに補助してもらって生活が成り立っている」

 

という自覚が完全になくなっているようだった。

 

ヘルパーさんに家に来てもらうために介護申請したことも、

 

「夕飯を作ってもらうサービスを受けるために

(まあ自分は介護なんて全然必要のないんだけど)

ちょっと介護が必要な人のフリをしただけ」

 

と、自分のことを考えていたのだ。

 

父の言葉に怒りを覚えるようなことはなくて、

どちらかというとちょっと今後に不安を覚えた自分。

 

おそらく父は、娘のわたしに頼んでいることは「ただの頼み事」くらいにしか

思っていなくて「通い介護」とは捉えていないのだ。

 

しかし、訪問看護師さんはまったくの他人なので、そういう人たちが訪ねてくるのは

自分が病人だからか、あるいは介護が必要だから・・・という、

そういう発想になっているのだと感じた。

つまり、わたしのことは「介護者」の数には入っていないのだ。

 

だから、

「自分はもうどこも悪くないし、一人で何でもできるのに、

いつまで看護師さんが来るんだ?これでは介護老人みたいじゃないか」

という疑問を感じているのだろうと思う。

 

この先、わたしやケアマネさんを始め、「介護」という視点で父の生活を

作っていこうとしているわたしたちと、「自分は自立できている」という

錯覚を起こしている父との、意識のすり合わせがうまくいくのだろうか?

 

ともあれ、現状だとヘルパーさんに来てもらうことになっても

結局わたしは、今のまま週3日は通わないといけない感じになりそう。

本当は週2日くらいになるとずいぶん時間的&精神的負担が軽くなるのだけど、

それは難しいかな。。。。

 

まずは早く認定結果が出てスッキリしたいと思う。

希望は要介護1だけど・・・認定調査のときハリキリすぎたので(笑)

要支援2くらいが妥当なところな気がしているが・・・。

 

あと10日はかかりそうだ。