薬剤師との面談。

*話は月曜日の診察後に院内の薬剤師さんと面談したところまで遡ります。

 

これまでの常用薬は、

いまどきはどこでも当たり前であろう「院外処方」だったので、

処方箋を病院周辺の処方箋薬局へ持ち込んで、薬を受け取る・・・という形だった。

 

ところが、麻酔系鎮痛薬については、院内処方になるのだそう。

(※病院によって違うかもしれないです。あくまで父のケースの話です)

 

主治医からは、院内薬局の窓口へ行くように言われたので、

父と二人でその窓口へ行き待合スペースで呼ばれるのを待っていた。

 

一部の薬が「院内処方」になるということで、これまで「院外処方」でもらっていた

常用薬も、今後はまとめて全部「院内処方」でもらえるらしい。

父とわたしは、ついさっき「骨転移」の話を聞かされたばかりだというのに

 

私「これからはわざわざ処方箋薬局に行かなくて済むから
ラクチンになってよかったね~」

 

父「おお、そうだそうだ。」

 

などとのんきに話していた(笑)

なんだかそのくらい、現実の病状を深刻にとらえる感覚がなかったわたし。

 

父を通してこの病院に定期的に足を運ぶようになって、かれこれ10年になる。

院内薬局の窓口があることは知っていたし、

その待合スペースに、いつもちらほらと人が座っている光景も

よく見かけたけれど、

院外処方なのになぜだろう?普通の通院患者っぽいのになあ」

という素朴な疑問があった。

この日初めて、「なるほど~。特別な薬をもらう人がここで待っていたわけか!」

と、その理由を知ることになったわたし。

 

この日も、わたしたちがその場所にきたときには、

患者&その家族と思われる人達が2組座っていた。

そこへ一人の薬剤師さんと思われる男性が近づき、患者さんたちの隣に腰掛けて、

熱心に話し始める。

どうやら、顔なじみという様子で親しげに。

 

わたし達の隣で会話がされるので、

ついつい(暇だったこともあり)聞き耳を立ててしまっていたが(汗)

その患者さんは胃癌の手術していて、現在は抗がん剤治療をしている様子だった。

年恰好は70代前半という感じの男性。隣に奥さんが座って一緒に話を聞いている。

 

体調を細かく聞き、食事はどのくらいとれているか?便通はどうか?

今何が一番つらいか?などなどの、まるで医者と患者のような細かいやりとり。

それを「親戚の伯父さんに話しかけるような親しげな様子で」話していることに

とても驚いた。

「そうかそうか、うんうん。つらいよなあ。」などと寄り添うような声掛けが

こちらにまで心地よく響いた。

 

これまで、わたしが薬剤師さんに持っていたイメージは、

どちらかというと、(決して悪い意味ではなく)・・・事務的というか・・・

処方された薬の効能と注意事項をマニュアル通りに説明して渡す人という

そういう人達であったけれど

(それが普通と思っていたから別に不満に思ったこともないし)

 

この薬剤師さんは、そうではなくその人の病気や治療の過程を知った上で

親身に語り掛けていて、まるで印象が違った。

 

その会話は15分くらいにも及んだと思う。

その後、薬剤師さんは別の患者のもとへ近寄り、

「〇〇さん、どうですか?調子は?」と、同じように話し始めていた。

患者さんも熱心に自分のつらいことを話している。

 

 30分も待っただろうか。

その薬剤師さんが大量の薬が入った袋を手にして、わたしたちの元へもやってきた。

 

「はじめまして。わたしはこの病院で

抗がん剤と麻酔系鎮痛薬の患者さんを専門に担当をさせてもらっているAといいます。

今後〇〇さんの薬の管理を担当させてもらいますので、よろしくお願いします。」

 

と、薬剤師のAさんはにこやかに挨拶をしてくれた。

「薬剤師の担当がつく」なんてことも初めての経験で驚いた。

つまり、この人は「ガン患者」を担当する薬剤師さんということなのだろう。

 

Aさん「今日初めてお会いするので、まずはいろいろと現在の痛みの具合を

聞かなくちゃいけなくてね~。ごめんなあ。

もうさんざん同じこと聞かれてうんざりしているかもしれないけど

あとちょっとだけお願いしますね。」

 

と、ほかの患者さんに対する様子と同様に、

やっぱり「親戚の伯父さんに語り掛けるような」親しげな様子で、

父に語り掛けるAさん。

 

*痛みはどこから出ているか

*どういう種類の痛みか?(ビリビリ?鈍痛?チリチリ?)

*どんな時に痛みが出るか

*今一番つらいことは何?

*一番つらい時の痛みを10段階の10とすると、今はどのくらい?

 

などなど、父の痛みの情報を細かく聞きだして、書き留めていく。

 

父の「一番つらいこと」は、「痛くて夜眠れないこと」だった。

するとAさんは

 

「そうかあ・・・。うんうん、それはつらいなあ。眠れないのはかわいそうだ。

なんとか夜しっかり眠れるようにしてあげたいから、ちょうどいい量の薬を

出してあげられるように、今後調整していくからね。」

 

と、とても優しく言ってくれた。

その後、初めて処方されることになる麻薬系鎮痛の飲み方についての細かい説明。

 

*朝晩1日2回の処方となっているけれど、これは便宜上こう書いてあるだけで
12時間ごとに飲むという認識でいつ飲んでもOKだよ。

*最初の1週間くらいは吐き気をもよおしたり、眠気をもよおす人も多いが
身体のほうが順応していくので大抵の人は慣れてくるからおそらく大丈夫だからね。

*頓服(もちろん麻薬)はものすごく痛いときにいつでも飲んでOK。通常30分以内には効いてくるけれど、1時間くらいかかることもあるので、
飲んだら1時間は必ず様子を見てね。

*頓服服用後、1時間経っても痛みが治まらなかったら、
追加でもう1包追加で服用していいよ。一応何回でも飲めるけれど、
身体が慣れるまでは追加ですぐに飲むのは2回までにして、
それでも痛みが治まらないと連絡してね。

 

・・・と注意事項はこんな感じ。どうして細かくここに書いているかというと

 

「こんなの、後期高齢者ひとりじゃ到底覚えきれないでしょ?」

 

ということを言いたかっただけ・・・・(笑)

しかもこれだけじゃなかった!むしろここからが問題だった。

 

*これからはこの「痛み日記」というものを毎日つけてもらわないといけないんだ。
鎮痛剤を服用した時間&その時の痛み指数(10段階)、そして飲んで効果が出てきた時間&どのくらいまで痛み指数が下がったか?を、毎日毎回必ず。

*そしてその「痛み日記」と残み残した鎮痛剤(頓服含む)を毎回通院のときに持参して僕に見せてね。面倒だと思うけどこれはみなさんにお願いしているから。

 

 もうね、このあたりで父は顔は能面のようになっていた。

もともと「主治医以外の男性医療スタッフ」が嫌いな父。

入院中もこのわかりやすい態度でずいぶんと恥ずかしい思いをさせられたけれど、

(男性の看護師さんや理学療法士に対して態度が悪かったので・・・)

この日も最初からこの薬剤師Aさんと視線を合わすことすらせず、

まーーーーずいぶんと失礼な態度だった。

(わたしにはいつものことだけど、Aさんに申し訳なかった)

Aさんもわたしのほうに話している感じにはなってしまってきたけれど

 

それだけでなく、一度にたくさんの説明をされて、

覚えるべきことが多すぎたこともあり、

おそらく父は「思考」のスイッチをシャットダウンしてたと思う(笑)

 

「もう覚えきれん。ムリムリムリ。あとは娘に託した」

 

って、そんな感じで。

 

わたしも「こんなに説明が多いならメモを持ってくるんだった」と思いながら

聞き逃してなるまい、とアラフィフの脳にムチ打って必死で聞き入った。

同居ならいいけれど、父は一人暮らしなわけで・・・

この薬の管理は自分でやらなくちゃいけない。

わたしは今聞いた話を、

帰宅後にかみ砕いてもう一度父に説明しなくてはいけないわけで、責任重大だ。

 

この薬剤師Aさんは、最後に

「痛み止めの薬で具合が悪くなったり、全然効かなかったり、
あと何か不安なことがあれば、僕のところへいつでも遠慮なく電話してな。
我慢はダメだよ。本当にいつでもいいから。」

 

と、自分の名札をもう一度父に見せて、「名前は〇〇だからね」と念押しした。

 

なんて親身になってくれる人なんだろう~・・・と、わたしはうれしかった。

 

・・・というか、

麻酔系鎮痛薬の服用がこんなにもガッチリ管理されるものだということを

(残った薬を「痛み日記」と照らし合わせて飲んだ量を確認するとかね)

そもそも知らなかった。

昔、母がモルヒネを使っていた時はもっと緩くて、

「痛みによって微調整していく」という感じはまるでなかった。

時代の違いと、病院規模の違いなんだろうなあ。

 

これだけしっかり管理するから「院内処方」なんだ・・・と、なるほど納得。

 

そして、20分くらいの面談時間を経て、ようやくわたしと父は病院を後にした。

 

帰宅後、新しく増えた薬の飲み方を改めて父に説明する。

薬の袋に大きな字で「吐き気止め」とか「便秘薬」とか書いて(笑)

どれが何の薬か?わかるように書いて、

それを見せて「これ、〇〇の薬、わかる?」と確認しながら説明&説明。

 

そして「痛み日記」のつけかたも、必ず記入しなければいけない箇所に付箋をつけて、

「時間と痛み指数は絶対書かないとダメだからね」と、

念入りに説明。

 

「お前がいなかったら、聞いても何にも覚えられなかったわ、ハハハ。

NORAKOさん様様だねえ。」

 

と笑う父。

 

「いや、ほんとだよ。ほんとにNORAKOさんに感謝してね(←謙遜する気なし)」

 

とりあえず、これで痛みケアの体制がようやくできあがった。

 

そしてこれはつまり、

 

終末期へむかう「緩和ケア」のスタートということだ。

 

どこまで今の暮らしを続けられるかわからないけれど、

まずは、夜眠れるようになること、痛みで我慢しなくて済むようになること、

 

それが叶えられればおっけーだ。

 

達成目標は小さくていい。

 

目の前のことだけでいい。